イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「まあでも、考えとく。……とりあえずこれ、俺の連絡先だから」



言いながら空木さんが、お兄ちゃんに渡したものと同じ名刺を1枚取り出す。

ひとつ違うのは、そこへ今まさにボールペンで別の携帯番号を書き込んでいるということ。



「手書きの方がプライベートの番号だから。何かあったらこっちにかけて」

「あ、ありがとうございます」



両手で受け取ってから、私もアワアワとバッグから自分の名刺入れを引っぱり出した。

同じように、そこへプライベートの携帯番号を書き加えて彼へと渡す。



「へぇ。あんた、『ジェリービーンズ』に勤めてるのか」

「はい」



渡したばかりの名刺を眺めて話す空木さんに、首肯しながら答える。

私が勤める『株式会社ジェリービーンズ』は、主に若年層の女性をターゲットにしたインナーウェアや雑貨、衣服などを販売する会社。ざっくり言えば、女性向け下着メーカーだ。

それなりに大きな会社ではあるので、男性の空木さんもどうやら名前は知っていたらしい。

名刺を手にしたまま、なぜかその流麗な瞳が私の頭のてっぺんからつま先までを一往復する。



「色気はなくても、下着メーカーには就職できるんだな」

「ひどくないですか……」



そんな、真顔で! いやむしろ、ちょっと哀れみのこもった眼差しで!



「空木さんって、結構意地悪ですよね」



くちびるを尖らせ、つい悪態をつく。言われた本人はといえば、にっこり素敵に微笑んだ。



「どうもありがとう。というか、一応恋人設定なんだから、今後俺のことは名前で呼べよ」



さらりと指示され、一瞬言葉に詰まる。

……中高大とずっと女子校育ちで今も女性が多い職場にいる自分に、男の人を名前で呼ぶというのはなかなかにハードルが高い。

で、でも、演技のためには仕方ないよね。私はおそらく顔を赤くして、上目遣いに空木さんを見上げた。



「えと、……ゆっ、悠悟さん?」



対する彼は、照れまくりな私を白けた目で見つめてひとこと。



「……面倒くせぇ」

「ひどくないですか……!」



前言撤回。やっぱりこの人、優しくない気がする!

それでもドキドキ高鳴ってしまっている鼓動は、きっと、1ヶ月後のおじいちゃんとの顔合わせに緊張しているせいだ。

……絶対に、それだけなんだと思いたい。


未だ残暑厳しい9月某日。

私、一之瀬志桜24歳に、1ヶ月限定の意地悪な彼氏さまができました。
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