イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「おー。こんにちは?」

「こんにちは! すっすみません、遅くなりました」

「なんでだよ。まだ待ち合わせの10分前だろ」



そう言って、ふっと悠悟さんが笑う。

こないだみたいな意地悪でもなんでもないその笑顔に、きゅっと胸が絞られた気がした。


……やっぱりこの人、優しい?



「まあ、もし遅れて来たりしたらどうお仕置きしてやろうか考えてたけど。よかったなあ、ちゃんと間に合って」

「お仕置き?!」



あ、違う。ただの気のせいだ。

さわやかな笑顔で不穏な発言をする彼におののく。こないだも思ったけど、たぶん悠悟さんはドSというやつなのかもしれない。

そこでなぜか彼が、じっと私を見下ろしてくる。不思議に思ってその瞳を見返した。



「悠悟さん?」

「ふーん。男と初めてデートするにしては、まあいいんじゃないか。その服のチョイス」

「へっ」



にやりと笑いながら予想外に褒められ、頬に熱が集まった。

あれっ? というか私、彼氏どころかデートすら初めてなことバレてる?!

そうして伸びてきた右手が、鎖骨あたりまでかかる私の髪をひと房持ち上げた。



「髪。おろしてると、だいぶ印象変わるんだな」

「え……そ、そうですか……?」



か、髪に。悠悟さんの手が、触れてる。

突然の接触が恥ずかしくて顔を上げられず、うつむきながらなんとか答えた。

カフェで会ったときは私、髪の毛をひとつに束ねてたんだっけ。

だけど今日は、3ヶ月前にかけたパーマがまだ残ってふんわりした髪をおろしている。

まさか悠悟さんが、たいして劇的でもない髪型の違いに反応してくれるなんて思わなかった。

男の人に自分の身なりの些細な変化に気づいてもらえるって、こんなにうれしいことだったんだ。

“彼氏”って、こういうものなの? それともこれは、女性経験が豊富そうな悠悟さんだから?



「じゃ、行くか。ここから歩いて10分もかからないから」



ひそかに感動している私の髪からあっさり手を離し、悠悟さんが言う。

歩き出した彼について行きながら、私はここに来るまでずっと疑問に思っていたことを口にした。
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