イジワル部長と仮りそめ恋人契約
そうしてたどり着いた水族館は、日曜日の昼間ということもあってなかなかの盛況ぶりだ。

ワクワクが止まらない私が建物を見て目を輝かせていた隙に、ものすごくナチュラルにふたり分の入場料の支払いを済まされてしまった。

素知らぬ顔で片方のチケットを手渡してきた悠悟さんへ、慌てて異議を申し立てる。



「あのっ、自分の分は、自分で払います!」

「いや、もう済んだし」

「そんな、でも……!」

「うるさいな。ほら、あんたの分」



言いながらべしりとひたいにチケットを押し付けられた。

乱暴だ。だけどつまりこれって、奢ってくれたってことでしょ?

しょせん偽恋人の関係で、ここまでしてもらうのは申し訳ない。チケットを手に微妙な表情をしている私を見て、悠悟さんがため息を吐いた。



「この際、いい機会だから教えてやろう。デートでもなんでも、男の側が『ここは自分が払う』と財布を出したら、遠慮しすぎず素直に礼言って甘えとけ。ぐいぐい食い下がられるより、その方がよっぽどかわいげがあるし奢る方も気分いいから」



彼のそのセリフに、うっと言葉を詰まらせる。

つまり今の私のように、ぐいぐいしつこく食い下がる女は悠悟さん的に『かわいくない』というわけだ。

……別に、悠悟さんにかわいく思われなくたっていいけど。

だけど、でも。ヒトのせっかくの厚意を無下にしちゃうのは、たしかに良くないかなって思ったり……。


バッグから取り出していた長財布を握りしめる。

背の高い悠悟さんと、しっかり視線を合わせた。



「ありがとう、ございます……」

「ん、よし」



不本意そうな私の顔がおかしかったのか、悠悟さんが笑いながらうなずく。

……悠悟さんは、ずるいと思う。だってこんなに綺麗な顔の人に笑顔を見せられたら、なんかもう、それまでもやもやしていたことも『まあいっか』って思えちゃうんだもの。

それとも私が、ちょろすぎるのだろうか。もう少しこう、クールで難攻不落な感じに……。
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