イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「ああほら、あそこにクマノミいるぞクマノミ」

「わああほんとだ! ちっちゃい! かわいー!」



悠悟さんが指し示した先に駆け寄り、水槽に張り付くように見入った。

私の斜め後ろに立った悠悟さんが、「ちょろいな」とつぶやく。あ、館内に入ってからひそかに落ちついた女を演じようと意識してたのバレてる。そしてあっさりその化けの皮を剥がされた。悔しい……。



「クマノミって、ペットとしても飼えないんですかね?」

「たしか飼えるけど、飼育にめちゃくちゃ手間がかかって難しいらしい」

「そうなんですかぁ」



むむむと眉を寄せていると、自分の顔のすぐ横の水槽に、悠悟さんが軽く右手をついた。

そして後頭部には、彼の胸板があたる感触。

……あの、近くない? 完全に私、水槽と悠悟さんとの間に、挟まれてしまっているような……。



「なに? どうかした?」



頭上から、笑いまじりの声が降ってくる。

ああもうこれ、絶対わざとだ。わざとこんなに接近して、ドギマギしている私を見て楽しもうってことね?

そうはいくか、と言いたいところだけど……実際今の私はなんだか身体が熱くて、きっと顔も赤くなってしまっているに違いない。

なんとか反撃の方法はないかとそのままの状態で固まっていたら、不意に左の横髪に悠悟さんの手が触れた。

びくっと、取り繕う暇もなく肩がはねる。その手が驚くほど優しい仕草で、私の髪を耳にかけた。



「そういえば、言い忘れてたけど」



あらわにされた耳元でささやかれ、ことさら体温が上がる。

わざわざこんなに至近距離で話しかけられる意味がわからない。わからないけど、私の心臓は素直にドキドキしてしまっていた。

そうして悠悟さんが、すっとその手を動かした。



「あれ、あんたに似てるよな」

「はい?」



人差し指が向けられた先を、反射的に目で追う。

彼が示した水槽にいたのは、かわいらしい小魚の類でも、美しく泳ぐ熱帯魚でもない。

ぷっくり膨らんだフォルムにたくさんのトゲがついたゆるい表情のそれは、どっからどう見ても、嘘をついたら飲まされるというあの生き物で。

……ハリセンボンに似てるって、どういうこと?!?!
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