イジワル部長と仮りそめ恋人契約
頭上からは、堪えきれていない忍び笑い。

私はぐるんと後ろを振り向いた。



「ちょっ悠悟さん、ひど──」



睨みつけながら言おうとしていた文句が、不覚にも途切れる。

だって想像以上に、悠悟さんの綺麗なお顔が近い。しかもなんか、柔軟剤みたいないい匂いもするような気がする。

彼自身、突然私がフリーズした理由には気づいたらしい。

真っ赤な顔で固まる私を見下ろして、なんだかバツの悪そうな表情をした。



「……いちいち照れんなよ、これくらいで」



苦々しく言ったかと思えば、びしっと頭のてっぺんにチョップを落とされる。

おまけに私から視線を逸らしつつ「あーもうほんと面倒くせぇ」とまでつぶやかれた。何それひどい。



「優しくない……! 彼氏なのに、全然優しくない……!」



次のエリアに歩き出した悠悟さんの後をついて行きながら、つい恨み言をもらす私。

だって、偽物とはいえ、この1ヶ月間は私たち恋人同士なんでしょ? それとも、世の中のカップルはみんなこんな感じなの? 世知辛すぎない??

小さくとも、悠悟さんに私の声は聞こえていたらしい。こちらを振り返ることもなくハッと鼻で笑う。



「うるさいな。俺に優しく扱ってもらいたいなら、精々そのない色気振り絞って誘惑のひとつでもしてみろよ」

「ゆうわく??!!」



あまりにも自分とは縁遠いその単語に、思わず過剰なほど反応してしまった。

誘惑……いや、しかも『ない色気振り絞って』って。

自分に色気がないことなんて、ちゃんとわかってますよ。ほんとこの人、外面はいいのにドS……。

そもそも色気って、どうやって意図的に出せるんでしょう。ちらりと視線を落としてみると、そこにあるのは我ながら凹凸に乏しいと自覚している、見通しのいい胸元。



「……悠悟さん」

「ん?」

「胸って、豆乳飲むと大きくなるんでしたっけ」



ぼそりと言った瞬間、何も食べたり飲んだりしていないはずの悠悟さんが盛大にむせた。

立ち止まってげほげほと咳き込むその背中を、慌ててさする。
< 23 / 85 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop