イジワル部長と仮りそめ恋人契約
身長が156cmと平均的な私と違ってすらりと背の高い悠悟さんは、人ごみの中でもその姿を見つけやすい。

後ろ姿を追いかけながら、ふと、周りにいるカップルたちが目に留まった。

未だ残暑で汗ばむ中でも、手を繋いだり、腕を組んで歩いたり。

近い距離で笑い合う彼らは、とっても幸せそうで。



『先に言っとくけど。俺はあんたみたいに男性経験のひとつもない女に手ぇ出す気はないし』



あの日カフェでハッキリとそう話した悠悟さんの声が、不意に頭の中で聞こえる。

彼の言い分は、当たり前だ。私たちは普通の恋人同士じゃない。期間限定の、偽物の関係。

だからこの距離間を──寂しいと思うのは、おこがましい。隣に並んで、手を引いて欲しいだなんて……そんな甘えたことを思ってしまっているのは、間違っているんだ。


もやもやする胸を抑え込むように、ぎゅっと片手で握る。

そしてふと、自分の斜め前でベビーカーを押している女性のバッグから、白いハンカチが落ちた瞬間を目撃した。

誰かに踏まれないよう慌ててハンカチを拾い、声をかける。



「すみません! これ、落としましたよ」

「あっ、ごめんなさい……っありがとうございます、気づきませんでした」



照れたように笑うその女性に、私も笑顔でハンカチを手渡した。

暑い中、ベビーカー押すのも大変そうだなあ。ママもそうだし、赤ちゃんだって、暑いよね。

女性には会釈、ベビーカーの中の赤ちゃんには手を振り、さてと、と私は顔を上げた。


そして、ようやく気づく。……あれ? 悠悟さんと、はぐれた?

きょろきょろ辺りを見渡しても、それらしき姿は見つからない。

あー、まずい。あんなに念押しされといてこれは、しばかれる予感……。


とりあえず電話をかけてみようかと、人ごみを逸れて建物の陰に寄る。

うん、ここ日陰だからちょっと涼しい。それでえーっと、悠悟さんの番号は……。



「ねぇ、ちょっときみ」

「はい?」



不意に右肩を叩かれ、反射的に返事をしながら振り向いた。

そこにいたのは、知らない若い男性ふたり組だ。ニコニコと愛想良く、私を囲うようにして立っている。
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