イジワル部長と仮りそめ恋人契約
3.特別な夜のふたり


「──だから、お兄ちゃんが心配するようなことは何もないってば!」



ヒートアップしてつい声が大きくなってしまい、私はハッとして一度口をつぐむ。

いくらひとり暮らしをしているマンションとはいえ、自分しかいない空間で大声を出すのはなんとなく恥ずかしいものだ。

右耳にあてたスマホから、機械越しのお兄ちゃんの声が淡々と流れ込んでくる。



《いやしかし。よくよく考えてみれば俺に渡してきた名刺だって、偽造したものという可能性もあるじゃないか。やっぱり志桜、あの空木という男に騙されてるんじゃ》



その突飛な発想に、『なんでそうなるの……』と心底呆れてしまう。

どうやらお兄ちゃんは、あの日数分間だけしか会話ができなかった悠悟さんに対して今さらながら不信感を抱いているらしい。

まあ、実際私が頼み込んで演じてもらっている偽物の彼氏なわけだから、その勘は当たらずとも遠からずなわけなんだけど。

でも、名刺を偽造って。私自身悠悟さんに騙されたりしているわけではないので、とりあえず彼の人間性に関する誤解は解いておかないと。

私ははーっとため息を吐いた。



「あのねぇ。そんなに心配なら、お兄ちゃんからあの名刺にあった番号にかけてみればいいじゃない」

《む……電話して、何を話せと》

「そんな構えなくても、あれはお仕事用の携帯番号なんだから、豊臣商事の主任殿と仕事の話でもすればいいんじゃない? ミスミ電機の課長殿」



悠悟さん、私なんかのことよりあなたと仕事の話をしたがってたみたいですしー?

なーんて拗ねた思いはこっそり隠しつつ、さりげなく悠悟さんをアシストしてみる。

電話先で、唸るお兄ちゃん。私は壁にかけてある時計を見上げ、そこでハッとする。
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