イジワル部長と仮りそめ恋人契約
その後悠悟さんが運転する車は道中渋滞にハマることもなく、あっという間に私の住むマンションへと到着した。
シートベルトを外しながら、私は未だ拗ねた表情で運転席の彼を見上げる。
「悠悟さん、今夜はありがとうございました。ごはんも、ごちそうになっちゃって」
「いいえ? というか、表情とセリフが合ってないけど」
「……ありがとうございましたっ!」
ここでもからかわれ、半ばやけくそ気味にわざとらしいほどにっこり笑顔を作った。
そんな私を見て、悠悟さんはまたくつくつと喉の奥で笑っている。なんだこの敗北感。
「あー、おもしろいな。あんたがあんまり素直でわかりやすくていい反応するから、ついいじりたくなる」
「それはそれは、落ちつきがなくて悪うございましたねぇ」
「いや? 別に、それが『悪い』とは言ってない」
そう言った悠悟さんの指先が一瞬、私の左頬に触れてドキッとする。
彼を見上げたまま硬直すると、メガネ越しの目がふっと細くなってその手を離した。
「じゃあまた、連絡する」
「あ、……はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
やわらかな声に背中を押されながら、助手席を降りる。
ドアを閉めて一呼吸置いた後、車はネオンがところどころ光る街の方へと走り去って行った。
ぼんやり、その後ろ姿を眺める。そのうち我に返って、私はマンション2階の自室へとなんだかふわふわした心地で帰宅した。
何の変哲もない、1DKの部屋だ。玄関を上がってまっすぐ、部屋の真ん中に置いたソファーへぼすんと横になる。
そしてつい先ほど悠悟さんが触れた左の頬に、自分自身の指先を滑らせた。
……うわ。うわあああ。
なんなの。さっきの、なんだったんだろう。
悠悟さんにとって特に意味なんてない行動だったとしても、こっちは恋愛経験皆無の純粋培養女子だ。あ、ああいうよくわからない接触は、動揺するからできる限り慎んでいただきたい。
熱い息を吐いて、上半身を起こす。そういえばずっと放置しっ放しだったと、バッグの中からスマホを取り出した。
アプリに、メッセージの受信が1件。時間は私が出かけた直後で、お兄ちゃんからのものだ。
【本題を忘れてた。じーさんとの話し合い、本家に10月の第1土曜日、14時でよろしく】
「……あ……」
メッセージを確認した瞬間、どくんと心臓が大きく揺れた。
──悠悟さんとは、期間限定の恋人同士。おじいちゃんとの話し合いが終われば、きっともう、会うこともなくなる。
わかっていた。理解していた。それなのに今私は、どうしてこんなにも動揺しているんだろう。
その答えを出すのが、たまらなくこわくて。私はお兄ちゃんへの返信を打つこともせず、着替えのためにスマホを置いて立ち上がった。
シートベルトを外しながら、私は未だ拗ねた表情で運転席の彼を見上げる。
「悠悟さん、今夜はありがとうございました。ごはんも、ごちそうになっちゃって」
「いいえ? というか、表情とセリフが合ってないけど」
「……ありがとうございましたっ!」
ここでもからかわれ、半ばやけくそ気味にわざとらしいほどにっこり笑顔を作った。
そんな私を見て、悠悟さんはまたくつくつと喉の奥で笑っている。なんだこの敗北感。
「あー、おもしろいな。あんたがあんまり素直でわかりやすくていい反応するから、ついいじりたくなる」
「それはそれは、落ちつきがなくて悪うございましたねぇ」
「いや? 別に、それが『悪い』とは言ってない」
そう言った悠悟さんの指先が一瞬、私の左頬に触れてドキッとする。
彼を見上げたまま硬直すると、メガネ越しの目がふっと細くなってその手を離した。
「じゃあまた、連絡する」
「あ、……はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
やわらかな声に背中を押されながら、助手席を降りる。
ドアを閉めて一呼吸置いた後、車はネオンがところどころ光る街の方へと走り去って行った。
ぼんやり、その後ろ姿を眺める。そのうち我に返って、私はマンション2階の自室へとなんだかふわふわした心地で帰宅した。
何の変哲もない、1DKの部屋だ。玄関を上がってまっすぐ、部屋の真ん中に置いたソファーへぼすんと横になる。
そしてつい先ほど悠悟さんが触れた左の頬に、自分自身の指先を滑らせた。
……うわ。うわあああ。
なんなの。さっきの、なんだったんだろう。
悠悟さんにとって特に意味なんてない行動だったとしても、こっちは恋愛経験皆無の純粋培養女子だ。あ、ああいうよくわからない接触は、動揺するからできる限り慎んでいただきたい。
熱い息を吐いて、上半身を起こす。そういえばずっと放置しっ放しだったと、バッグの中からスマホを取り出した。
アプリに、メッセージの受信が1件。時間は私が出かけた直後で、お兄ちゃんからのものだ。
【本題を忘れてた。じーさんとの話し合い、本家に10月の第1土曜日、14時でよろしく】
「……あ……」
メッセージを確認した瞬間、どくんと心臓が大きく揺れた。
──悠悟さんとは、期間限定の恋人同士。おじいちゃんとの話し合いが終われば、きっともう、会うこともなくなる。
わかっていた。理解していた。それなのに今私は、どうしてこんなにも動揺しているんだろう。
その答えを出すのが、たまらなくこわくて。私はお兄ちゃんへの返信を打つこともせず、着替えのためにスマホを置いて立ち上がった。