イジワル部長と仮りそめ恋人契約
……だって悠悟さんは、顔も声も知らない──まだ出会ってもない見知らぬ男性と私を勝手に並べて思い浮かべながら、そう言っている。

自分の姿なんてこれっぽっちも私の隣に並ばせる気もなく、そう言っている。

私と彼は、ただの期間限定の恋人同士、だから。



「……悠悟さん」



スプーンをプリンが入ったココットの中に置いて、名前を呼んだ。

私から手を引っ込めた彼が、「なに?」と答える。



「兄から、連絡が来たんです。……来週の土曜日に、祖父のところへふたりで来いって」



今日までずっと、話せずにいたこと。それをまっすぐ顔を見て伝えると、悠悟さんが一瞬驚いたように目を見開いた。

けれどすぐ、苦笑を浮かべる。



「とうとう、ラスボスとご対面か。いざ日にちがわかると、意外とビビるな」

「あの、いきなりですみません……予定は大丈夫ですか?」

「ああうん、土曜日だよな。問題ない」



一度考えるような素振りをみせたものの、悠悟さんはあっさり答えた。

それに安心したような、がっかりしたような。なぜかモヤモヤする胸もとに手をあてると、再び彼が口を開く。



「ああでも、土曜まで予定空きそうな日がないから……デートは、今日で最後になるな」

「え」



思わず漏れた声は、それでも小さくて悠悟さんには聞こえなかったかもしれない。

聞かれない方が、きっとよかった。私は慌てて笑顔を取り繕う。



「そうですか。今まで付き合ってくださって、ありがとうございました」

「まあ、1番厄介なのが残ってるからな。まだ気は緩められねぇけど」



肩をすくめる悠悟さんに曖昧に笑い、私は手早くプリンを平らげた。

そして、グラスに残っていたワインも一気に飲み干す。
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