イジワル部長と仮りそめ恋人契約
あまり車通りが多いとはいえない、車道脇の歩道。

並んで歩きながら、ちらりと右隣にいる悠悟さんを盗み見る。


悠悟さんは……どういうつもりで、あのとき私にキスをしたんだろう。

そんなふうに、考えないわけではなかった。だけど結局、『あのときはお互い酔っていたから』とか、『なんとなく雰囲気で』とか。そんな理由しか思いつかなくて、この疑問の答えを探すのは早々に諦めてしまった。

そういえば前に夜景を見に行ったとき、『キスくらいならサービスでしてやってもいい』なんてことも、言ってたもんね。

だからきっと、悠悟さんにとってのキスとはその程度のものなんだ。恋愛経験値が少なくて彼の言動にいちいち振り回されている私とは、価値観がまるで違う。

……それでも、すきになってしまったんだから。私って、馬鹿だよなあ。



「今日会うのって、じーさんだけ?」

「いやぁ……たぶんお兄ちゃんもいるかと」

「だよなー……あの人って、たぶん自覚してないタイプのシスコンだと思う」

「あはは。うーん、そうなんですかねぇ」



他愛ない会話をしながら、ちゃくちゃくと、私の実家へ近づいていく。

きっと悠悟さんは、私のことなんて何とも思っていないのだろう。

ただまあ向こうからキスしたってことは、少なくとも嫌われているわけではないはず……。

とりあえず今日、私と彼が付き合ってるってことをなんとかおじいちゃんに信じ込ませることができれば、まだ接点が消えることはない。

当初の予定通り、悠悟さんが何のわだかまりもなく私と別れたことにできる準備が、整うまで。

その本当のタイムリミットまでに、なんとか……悠悟さんと本当の恋人同士になれるように、私なりにがんばろう。

……それにはまず、悠悟さんいわく『ラスボス』なおじいちゃんとの対面を、無事切り抜けなきゃいけないわけだけど。
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