イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「にしても、この家の塀長いな。どこまで続くんだ?」



私が歩く左側にある塀へと目を向けながら、悠悟さんが何気なく言った。

苦笑しつつ私は答える。



「ああこれ、ウチのです。もうすぐ途切れますよ」

「は?」



彼が不意をつかれたような声を上げたまさにその瞬間、塀が途切れて黒い門が見えた。

その脇にあるインターホンを、迷いなく押す。



《はい。あ、志桜お嬢様!》



カメラ画面で確認したのか、応えたのは昔からウチに来てくれているお手伝いの仲野(なかの)さんだった。

もうお嬢様って歳でもないのに、ずっとこの呼び方を変えてくれない。私はまた苦く笑った。



「仲野さん、ただいま。開けてもらえますか?」

《はいはーい、どうぞ》



仲野さんのおかげでロックが解除され、門を開けるようになった。

後ろに立っていた悠悟さんを振り返り、「どうぞ」と先へ促す。



「さっきの、ナカノさんって?」



無駄に遠い母屋の玄関までの道のりを並んで歩いていると、悠悟さんが真顔で問いかけてきた。

『お嬢様』って、聞こえてたよね。ちょっぴり恥ずかしい。

私は照れ笑いで答える。



「昔から週に何度か家事を手伝いに来てくれている女性です。掃除、大変なんですよね」

「……でかい家だな」

「古いですけどねー。一応ウチ、代々華道の家元やってるんですよ。今は伯父が家元で、お兄ちゃんと私は全然跡継ぎの話に巻き込まれない位置にいるからラッキーなんですけど。母屋の方に祖父や伯父家族が住んでて、実家にいた頃私たちは離れに住んでました」



そういえば前、悠悟さんに『イイトコのお嬢さんだったりする?』なんて訊かれたことがあったっけ。

たしかに家系は歴史があってなんだか仰々しいかもしれないけど、私自身は普通の人間だし。この家に住んでいるというだけで周りから一目置かれることは昔よくあったとはいえ、いまいちピンと来なかった。

学生時代だって、普通に無難な金額のお小遣いをもらったり、普通にアルバイトだってしてたし。


説明が終わってちらりと悠悟さんを見上げてみると、彼は顎に指先をあてて何やら難しい顔をしていた。

なんだろう、と思ったそのとき、不意に目が合って心臓が大きくはねる。
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