イジワル部長と仮りそめ恋人契約
私の視線に気づいた瞬間ハッとした顔をした悠悟さんは、それでもすぐにやわらかな笑みを浮かべた。



「悪い、ぼーっとしてた。……ってことは、志桜も生け花できんの?」

「そりゃまあ、一応できますよー」

「嘘くさいな」

「う、嘘じゃないです!」



ムキになって言い返すけど、彼は「ふーん」なんてつぶやきつつ意地悪なニヤニヤ笑いを崩そうとしない。

跡継ぎ候補としてではないとはいえ、小さい頃からそれなりに厳しく指導されてきたのだ。悠悟さんを驚かせるくらいには美しく活ける自信がありますけど!



「そういえば、志桜のご両親は?」



ぷりぷりしながら玄関の取っ手に手をかけようとしたところで、悠悟さんが訊ねる。

私は伸ばしかけていた手を引っ込めて彼を見上げ、暗い空気にならないよう努めて明るいトーンの声を出す。



「母は『世界に華道の良さを広める!』とか言って、1年中あちこち海外を飛び回ってるんです。なので、最近はなかなか会う機会ないですねー。それから婿養子の父は元々病弱だったみたいで、私が小さかった頃亡くなりました」

「……そうか」



お父さんの話を聞いた人は大抵気まずそうな顔になってしまうんだけど、悠悟さんは表情を変えずただ静かにうなずいただけだった。

その反応が、助かった。だって私にとってはもう、ずっとお父さんがいないという事実が“あたりまえ”のことなのだ。

中途半端な同情心や慰めの言葉はいらない。お父さんのことを思い出すと寂しくはなるけど、それでも私の世界は“今この瞬間”が完成形として回り続けているから。



「そんな事情もあってか、兄と祖父が私の父代わりみたいになってて……だから余計にあのふたりは、過保護なのかもしれないですね」



言いきってから、私はイタズラっぽく笑ってみた。

彼はやはりじっとこちらを見下ろし、その大きな手のひらをポンと一度だけ私の頭の上で弾ませる。
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