イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「じーさんも兄貴も、これで無理やりおまえに見合いを勧めるようなことはしなくなるだろ。あとは自分でちゃんとすきになれるヤツ見つけて、ちゃんと恋愛しろ」



そんなのもう、とっくに見つかってる。

今私の目の前にいる、あなたこそが私の『すきな人』なのに。


その気持ちを込めて、口もとにある手にそっと自分の両手を添えた。

優しく握ると、大きな手がピクリと反応する。その瞳を一心に見上げれば、悠悟さんは私から顔を逸らした。



「……もう、恋人契約は終了だろ。『さよなら』だ」



言葉とともに、するりと彼の手が離れていく。

新鮮な空気を吸い、それを吐き出すのと同時に悠悟さんを見つめて私は告げた。



「悠悟さんが、すきです」



なんの飾り気もない、今度こそ、彼だけに伝えたその言葉。

やはり悠悟さんは、私を一瞥もせずに答える。



「……それは、単なる刷り込みだ。たぶんあんたは、勘違いしているだけだ」



──そんな、突き放すみたいに、『あんた』なんて呼ばないで。

ぶっきらぼうでも意地悪くてもいいから、また『志桜』って、名前で呼んで欲しいのに。


ボロボロと、崩れ落ちていく。

彼と過ごした1ヶ月間の思い出。繋いだ手の温度、一緒に見た夜景の鮮やかさ、熱いキスの記憶も。

全部、大切なのに。全部、なかったことになるの?



「……あんたは俺の目の届かないところで、幸せになるべきなんだよ」



そうつぶやいたかと思うと、悠悟さんは踵を返して歩き出す。

最後まで、私の想いは認められないまま。その後ろ姿が遠のいていく。

追いかけて、信じてもらえるようにもっとたくさん言葉を尽くすべきなのに、足が動かない。だってきっともう、何を言っても伝わらなかった。彼は完全に、私のことを拒絶していた。



「悠悟さん……」



遥か先を行く背中に、小さく名前を呼ぶ声は届かない。

溢れ出る涙を止めることもできないまま、私はその場に立ち尽くしていた。
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