イジワル部長と仮りそめ恋人契約
◇ ◇ ◇
それから約2週間後の金曜日、18時少し前。場所はとあるシティホテルの1階にあるカフェ。
ふたり用テーブルで優雅に脚を組みながらタブレットを操作しているその後ろ姿に、私は近づいた。
「豊臣商事さんの、空木主任でいらっしゃいますか?」
「はい」
背後から声をかけた瞬間椅子から立ち上がった彼が、完璧な営業スマイルを浮かべてこちらを振り向いた。
……あ、今日はメガネの気分の日。
私がそう思ったと同時に、相手がレンズ越しの目を見開く。そして不信感を隠そうともせず眉を寄せた。
「……どうして、あんたがここに」
「それは今日この場所に、あなたが来ると知っていたからです。悠悟さん」
名前を呼んでニッコリ笑顔をみせれば、悠悟さんはため息をつきながら再び椅子に腰をおろした。
面倒くさそうに頬杖をついて、私を流し見る。
「俺は今日この時間この場所で、ミスミ電機の営業担当と待ち合わせしているんだけど」
「その件ですが、後日改めてこちらから御社へ伺わせていただきます、との伝言を預かってますよ」
「それって……やっぱりあのシスコン兄貴が手ぇ回してたってことかよ……」
『やっぱり』ということは、薄々この商談の背後にお兄ちゃんの気配を感じていたらしい。
またもや深く息を吐いた彼を見ながら、悪どい笑みを浮かべる我が兄の姿が頭の中に思い浮かぶ。……よかったねお兄ちゃん。悠悟さん、相当ダメージ受けてるよ。
「──で。こうまでして俺に接触して来たってことは、何か俺に言いたいことでもあるのか?」
ニコリともせず冷たい眼差しで問われ、一瞬怯んでしまう。
……やっぱりこんなの、迷惑だよね。
でも、とことんぶつかるって決めたんだ。
私は両手のこぶしをぎゅっと握りしめ、悠悟さんの目を見つめた。