イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「俺な、自分の本当の両親の顔を知らないんだ。有り体に言えば、赤ん坊の頃に捨てられたわけ」

「えっ」



予想もしなかった話に、言葉が詰まった。

そうして彼は、自分の手もとを見つめたまま淡々と続ける。



「産まれてすぐ、施設の前に置き去りにされてて。1歳を少し過ぎた頃、今の両親である里親のところに引き取られた。そのことを知ったのは高校生の頃だったけど……まあ、当時の俺はなんかいろいろ思うところがあって多少荒れたりしたな」



乾いた笑みを浮かべてそう語る彼になんと言ったらいいのかわからなくて、ただその横顔を見つめた。

悲しみも寂しさも感じられない平坦な声音で、話は続く。



「でもそのうち落ちついて、なんとか高校も卒業して、大学入って。大企業と言われる、今の会社にも就職できたわけだけど……」



ふっとそこで、初めて悠悟さんが悲しげに目を伏せた。



「社会人になってわりとすぐできた彼女が、たまたまいいとこのご令嬢でさ。付き合ってしばらくしてから彼女に頼まれて実家に行ったら、どこで調べたんだか産みの親の顔も知らないこととか、彼女の親にいろいろ糾弾された」

「そんな……」

「実際、どんな人間の血が入ってんのかわからないのは事実だけどな。そしてその場で、俺たちは別れさせられた。まあ、彼女の方も俺を見る目が変わってたみたいだし、別によかったんだけど……正直あれ以来、恋愛に関してはいろいろ淡白にはなったかな。彼女なんていなくても適当に遊べる相手だけでよかったし、結婚もどうせまた相手の親に何か言われるんだろうなって思ったら、面倒だし全然願望が生まれなかった」



肩をすくめた悠悟さんが、そこでこちらに顔を向ける。

やわらかな、だけど少し悲しげな眼差しが、レンズを通して私を見つめた。



「志桜に出会って、これから先もずっと一緒にいたいと思えた。だけどあんなに立派で由緒正しい家で育った志桜の相手に、俺は許されるはずないと思った。だから、周りから何か言われる前に自分から離れようと思ったんだ」



私の頬に触れる指先は、ちょっぴり冷たい。

まるで、彼の緊張を表しているかのようだった。
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