イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「この話を聞いて……志桜が嫌だと思ったなら、それでもいい。俺に、それを止める権利はない」

「悠悟さん?」



不穏な方向へ話が行きかけている気がして、思わず名前を呼ぶ。

それでもいい、なんて言いながら悠悟さんの両手は、それぞれ私の頬と右手をしっかりと包み込んでいる。

まるで、どこにも行かないでと懇願されているかのようだ。



「でも……もし、こんな俺でもいいって言ってくれるなら。俺、は──」



私の右手を掴む手に、さらにぎゅっと強い力で左手を重ねた。

驚いた悠悟さんが、ハッとしたような顔で目をまたたかせる。

そんな彼に、私はまた笑ってみせた。



「悠悟さんに、いいことを教えてあげます。うちのおじいちゃんは、昔本家のお手伝いさんとして働いていたおばあちゃんを見初めて、周囲の反対を押し切って結婚に持ち込んだそうですよ」

「は……」

「それから千楓お兄ちゃんですけど、29歳のとき駅のホームで女子高生に一目惚れされたあげく猛アタックを受けて、最初はスルーしてたけどなんだかんだで絆されて、結局今付き合って4年経ちます」



左手を離し、ぽかんとしている悠悟さんの頬を、笑みを浮かべたままふにっとつまむ。



「他にも、一之瀬家は恋愛の武勇伝いろいろありますけど。全部聞きます?」

「……まだあるのか」

「ふふふ。揃いも揃ってこんな感じなので、だからもう今さら、一族の誰がどんな相手を連れて来ようとみんなあまり気にしないんですよ。私だって、その過去があって今の悠悟さんがいるのなら、全部ひっくるめて受け止めたいです」



まあさすがに、私の場合はお見合いを勧められていたのもあって一筋縄ではいかなかったけれど。

だけどまた改めてちゃんと紹介すれば、おじいちゃんたちもお付き合いを認めてくれると思う。

あ、で、でも私まだ、悠悟さんにすきとか言われてないけど……。
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