イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「そういえば前に水族館で、『俺に隠していることがある』って言ってたよな。あれって結局なんだったんだ?」



レストランでの夕食やシャワーも済まし、あとは眠るだけとなったベッドの中。

隣に寝転んだ悠悟さんが、ふと思い出したように訊ねてきた。

枕元のライトが照らす、ドライヤーで乾かしただけの髪型をした彼は、なんだか普段より幼く見える。

私はそんな悠悟さんの方にこてんと顔を向け、ついくちびるを尖らせた。



「覚えてたんですね。というか、今さら照れくさいんですけど……」

「照れた顔見たいから、言って欲しいんだけど」



ものすごくイイ笑顔で返されてしまった。これはもう、正直に教えるしか選択肢はなさそう。

半分枕に顔をうずめるようにしながら、ポツポツと話し出す。



「実は、私……最初に声をかけた日よりも前に、あのコーヒースタンドで悠悟さんを見かけたことがあったんです」

「へぇ?」



私の髪を撫でながら、悠悟さんが興味深そうに相づちを打つ。

もうすっかり観念して、私は続けた。



「偽恋人をお願いした日の、1ヶ月くらい前だったと思います。仕事帰りにたまたまあそこの横断歩道で信号待ちをしていたとき、コーヒースタンドの大きなガラスの前で女性がふたり話し込んでいるのが見えて。その近くには、幼稚園児くらいの男の子がいました。たぶん、どちらかの女性のお子さんだったんだと思うんですけど……」

「うん」

「その男の子、ガラスの向こうをじーっと見つめていたんです。そこには、コーヒーを片手になんだか難しい顔をしてスマホを眺めている悠悟さんがいて。けどガラスの外にいる男の子の視線に気がついた瞬間、ニコッと優しく笑って、手を振ってあげたんです。男の子も、うれしそうに手を振り返してた」



当時のことを思い出すと、今でも胸がきゅーっとしてしまう。

あの日の私は悠悟さんのしかめっ面と笑顔のギャップに、まんまとときめいてしまったのだ。



「お見合いの話で揉めてお兄ちゃんに“彼氏”を紹介することになったときとっさにあのお店を指定したのも、たぶん、そのことが頭に残ってたんだと思います。……そうして結局なんの対策もできないまま当日行ってみたら、偶然あのときと同じテーブルに悠悟さんがいて、びっくりしました」
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