好きの海に溺れそう
「杏光、そで」



そう言って、杏光の腕をまくる。



『海琉のくせに』って笑いながら言われそうだな…。



そう思ったのに、杏光はやけにおとなしい。



「洗い物終わったら帰…」



俺が言いかけたとき、杏光はそれを遮って口を開けた。



「海琉、好き」



その言葉は、俺たちのこの一瞬の時間を止めた。



ただ水道から垂れる水の音だけが、時間が止まっていないことを証明する。



今、杏光、なんて言った…?



何も言えなくて、ただ信じられなくて、杏光の顔を見つめる事しかできない。



これが冗談じゃないことくらいわかる。



だけど…。



「な…に?」

「好きなの、海琉が」



俺の顔を真っ直ぐ見る杏光。



「もう、幼なじみは終わりだよ」



そう言って、杏光は部屋に行ってしまった。



取り残された俺は、どうしたらいいの …?



ぼーっと、何が起きたのかわからないまま、杏光がやり残した洗い物を終わらす。



杏光の部屋の閉じられた扉を見るけど、無言の空気が流れたまま。



沈黙する家をあとに、自分の家へ戻った。



「おかえりー」

「うん…」

「?」



不思議そうなお母さんには何も言わず、自分の部屋にこもった。



杏光の最近の変だったわけ。



こういうことだったんだ…。



そんな風に杏光のことを考えたこともなかった。



杏光もそうだと思ってたのに…。



いつから…?



杏光が変だと思うようになってから、二ヶ月くらい。



そのくらいから、俺のこと…。



杏光…。



俺は、幼なじみでいたいよ…。



杏光は俺にとってすごく大事な存在で特別な関係で。



それが崩れるなんて思ったこと、今まで一度もなかった。
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