君があの子に、好きと言えるその日まで。完

チラッと星岡君の方を見ると、彼は苦笑しながら口パクで『大丈夫?』と心配してくれた。

大丈夫、人前で体操するくらい、大丈夫。

緊張と羞恥で顔を真っ赤にしながら、私はストンと席に座った。




「もっちー頑張ったね昨日」

私の消しゴム用の食パンを食べながら、一之瀬君は私のことを褒めた。

そんなことより美術室でサボる癖をやめてさっさとサッカー部の練習に向かってほしいのだが。

窓際に座った一之瀬君は、柔らかなパーマのかかった髪を春風に靡かせて、存分に美術室で和んでいた。

「だってここから見る桜が一番きれいなんだもん」

活動開始時間になったら、ちゃんと出ていくから、と言って、一之瀬君はまた食パンをかじった。

もういいや、マイペース人間の一之瀬君になにを言っても勝てる気がしない。

「あと五分で始まるからね、そしたら出てってね」

……正直自分でも、さっきの行動には驚いている。

まさかあんな風に挙手をするなんて、一体自分のどこにそんな積極性があったにだろうか。

まだ部員が誰もいない部室で(私達のクラスのHRが早く終わったためだ)パレットをゆっくり広げながら気持ちを落ち着かせていると、一之瀬君はとんでもないことを言ってのけた。

「好きなの? 翔太のこと」

あまりに無防備な時に核心を突かれたので、私はすぐに否定することができなかった。

固まった表情のまま一之瀬君を見つめていると、彼はもう一度『好きなの?』と聞いてきた。

私は、パレットに必要以上に絵の具を出して、目を背けて、そんなわけないでしょうと早口で答えた。私なんかが、という言葉を添えて。

「やめときなよ」

好きじゃないと言っているのに、彼は真剣な顔のまま話を進める。

だからなにを、という悪あがきをする時間を与えない程真剣な声で、一之瀬君は話を続けた。

「今の翔太に好きだっていうのは酷(コク)すぎるからね」

「え、なにそれ……」

「少なくとも、今のもっちーみたいに誰の得にもならない自虐をして、自分が傷つかないように守っているうちは、翔太との距離は一切縮まらないよ。友達にもなれない」

なにかを見透かすように、嘲笑するように、諦めたように、一之瀬君は笑った。

図星過ぎて、真髄を突かれ過ぎて、言葉が出ない。悔しいとも思わない。
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