君があの子に、好きと言えるその日まで。完
俺は、自分の体が汗臭くないか念入りに確認してから、一之瀬と一緒に美術室へと足を運んだ。


……美術室へ行くのは正直足取りが重い。

なぜなら、そこには翠がいるからだ。


「もっちー、捗ってるー?」

いくつかある美術室のひとつに、キャンバスに向かっている望月がいた。

望月は俺たちに気づくと笑顔で手を振って、おいでと招き入れてくれた。

普段はぴりついている様子の美術部だけど、顧問の先生がなくなった自由時間は、とてもゆるくて部員同士もおしゃべりをしている。

だから俺たちが入っても何も咎められることはなく、スムーズに望月さんの元へ行ける。


「今、何描いてるの?」

俺が質問すると、望月はパレットの上で絵の具を溶きながら答えた。

「見てわからない?」

「いや、まだ輪郭しか描かれてないしな……」

「来栖先輩だよ。今、モデル頼んでるんだ」

え、とうい声を上げた瞬間、教室が静かに開いた。

そこには、少し気まずそうな表情を浮かべる、翠がいた。


どうしよう、逃げ出したい。


俺は瞬時にそう思ったけれど、まさかそんなあからさまなことするわけにもいかず、固まってしまった。

美術室でなん度かすれ違うことはあったけれど、お互い話そうとはしなかった。いや、できなかった。


久々に翠とちゃんと向き合って、胸の奥の奥がちくっと痛むのを感じた。


「……翔太、久しぶりだね」

翠が、ぎこちない笑みを浮かべて、俺たちの方に近づいてくる。

「翠、なんか髪伸びたね。伸ばしてるの?」

一之瀬がいつものテンションで話しかけ、望月もその会話に入っていく。

俺は額に変な汗が浮かんでくるのを感じていた。


……翠、翠だ。

もっと近くで見たいし、話したい。

だけど、どんな顔をして翠と話したらいいのか分からない。


翠は俺に対して、怒りはないのだろうか。

逃げ続けた俺に怒っているなら、いっそ怒鳴りつけてほしい。


「……翔太」

翠が、俺の目の前に立って、俺を見つめている。

俺はゆっくりと彼女と目線を合わせて、彼女の小さな口から放たれる言葉を待った。


「そのTシャツ、裏表逆だけど、大丈夫?」

「え……」

翠に言われて、すぐに自分が着ている、無地の黒Tシャツのタグの位置を確認した。

確かに、首の後ろにあるはずのタグが、前に来ていた。
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