君があの子に、好きと言えるその日まで。完
夏祭り、会いたくなかった人
あの日どうやって家まで帰ったのか、はっきりと覚えていない。
一之瀬君の言葉が、ただただ頭の中でループして、他のことが考えられなくなった。
誰かにあんな風に好きと言われたのは、人生で初めてだった。
普段適当人間の一之瀬君の手が少し震えていたことに気づいて、さらに頭が真っ白になった。
好きな人に好きだと伝えるとき、一体どれだけの勇気が必要なんだろう。
伝えられなかった私には、到底分からない。
「あああ、どうしたらいいのか、分からん……」
私はベッドに顔を埋めて、呻き声に近い声を枕の中に押し込んだ。
ただでさえ失恋したばかりで気持ちの整理がついていないのに、まさかこんなタイミングで思いもよらない出来事が起こるなんて。
それに、一之瀬君は黙っていればイケメンだし、もっとイケイケな子と付き合うのがお似合いなイメージだ。
正直、どうして私なんか……という気持ちが大きい。
同情? 優しさ? そう思ったけれど、それは本人の口で否定されてしまった。
私は、一之瀬君の気持ちと一体どう向き合っていけばいいんだろう。
一之瀬君は優しいけど、いきなり一之瀬君のことをそんな風になんて見れない。
「どうしよう……」
私は、一之瀬君にあの日手渡されたチラシを見て、また頭を抱えた。
家の最寄り駅から三駅ほど先にある、水窪駅の商店街で行われる秋祭りのお知らせだ。
大規模な神輿担ぎだけでなく、仮装コンクールや打ち上げ花火など、盛りだくさんの秋祭りが、明日の土曜日に開催される。
……それに一緒に行こうと言われた。私は拒否する時間も与えられずに、時間と集合場所を決められ、このチラシを渡された。
『まずは友達として行こう』、と一之瀬君はそう言ったけれど、男の子と二人でお祭りに行くなんて初めてで、すごくそわそわしてしまう。
……まだ星岡君のことを全然忘れられていないのに、好きな気持ちも残ったままなのに、お祭りに行ってもいいのかな。
この行動は、一之瀬君を傷つけることにならないだろうか。
色んな事が頭を巡るばかりで、答えが出てこない。
顔の横に置いておいたスマホを見ると、一之瀬君からメッセージが届いていた。
『余計なこと考えずにおいで』。
絵文字も何もない言葉が、そこにぽんと送られてきていた。