君があの子に、好きと言えるその日まで。完
どうせ一人でいても星岡君のことを思い出して苦しくなりそうだし、行ってもいいだろうか……。

私はベッドからゆっくりと出て、一階に降りると浴衣があるかどうかを母親に尋ねた。






秋祭り当日、私は浴衣を着るのに苦戦してしまい、十分遅刻して水窪駅に到着した。

駅周辺は待ち合わせをしている人達で溢れていて、一之瀬君が中々見つからない。

どうしよう、今更浴衣を着てきたことが恥ずかしくなってきた……。

東京にいた頃は、お祭りの時は浴衣姿で集合することが女の子たちの鉄則だったから、その考えのまま浴衣を着てしまった。


デートだと思って張り切ってる、みたいに思われたらどうしよう……。恥ずかしいな……。

紺地に薄いピンクの花びらが散った浴衣をじっと見つめて、派手じゃないかどうかばかり気になった。

思えば一之瀬君とは学校でしか会ったことがないから、私服姿も見せたことがないというのに。


「もっちー、何キョロキョロしてんの」

「うわぁっ、びっくりしたっ」

「驚きすぎでしょ」


一人で青ざめたり赤くなったりしていると、後ろからやってきた一之瀬君に肩を叩かれた。

一之瀬君は、グレーのぶかついたオーバースリーブニットに、黒のスキニーパンツというシンプルな恰好をしていた。

シンプルだけど、一之瀬君のゆるい雰囲気と合っていて、すごくおしゃれに見えた。

「ほんとに来た……」

よく分からない発言をして、暫くぽかんと彼を見上げていると、おくれ毛をつんと揺らされた。

「え、なにっ、変!?」

「いや、行こう」

慌てて髪形を気にしたが、一之瀬君は、はは、と笑うだけで私の腕を引いた。

人込みをすり抜けて、彼に腕を引かれるがままに歩いていく。

笛や太鼓を叩く音が徐々に近づいて、わたあめの甘い匂いが鼻にふんわりと届いた。


「うわっ、すごい、どれから行く?」

行くか行かないかあんなに悩んでいたくせに、久々のお祭りについテンションが上がってしまった。

満面の笑みで一之瀬君を見上げると、彼は見たことないくらい優しい笑顔で私を見ていた。

「可愛い、もっちー。浴衣死ぬほど似合ってる」

「え……、なに、いいよそんなリップサービスっ」

赤面しながら慌てて否定したけれど、そんな私に向かって彼はもう一度可愛いと囁いた。
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