君があの子に、好きと言えるその日まで。完
一之瀬君は、どうしてこんなこと恥ずかしげもなく言えるんだろう。言われ慣れてないから、まいるよ。

私は、駅でもらったうちわで顔を隠しながら、人混みの中を進んだ。


「なにか食べたいのある?」

「えー、たこ焼きとベビーカステラと焼きそば……」

「炭水化物の鬼かよ」

「いいじゃん、おいしいじゃん」


暫く並んで歩いていると、いつもの少し意地悪な一之瀬君に戻ったので安心した。

とりあえず一番人が並んでいないベビーカステラの屋台に行って、中袋をひとつ買った。

紙袋の中から立ち込める甘い香りに、一気にテンションが上がってしまい、あれもこれも食べたくなってしまった。

たこ焼きは大粒のタコが入っているもの、焼きそばは紅ショウガたっぷりで。

普段もスーパーで買えるものばかりなのに、どうしてお祭りの屋台だとこんなにおいしく感じるんだろう。

一之瀬君は私の食欲に呆れつつも、私が行きたいところすべてに文句を言わずについてきてくれた。


……今日、家の中でぐずぐずしているよりは、来てよかったかもしれない。

こんなに楽しめるとは思っていなかった。







「痛っ……」

時間を忘れてはしゃいでしまったせいか、気づくと親指の付け根が赤く擦れていた。

痛みに顔を歪めて思わず立ち止まると、一之瀬君はそんな私にすぐ気づいて、どうした? と心配してくれた。


「なんか靴擦れしちゃったみたい……ごめん、ゆっくり歩いてもいい?」

「え、大丈夫? あそこの段差に座りなよ」

一之瀬君は私の腕を引いて、少し人通りの少ない脇道に入ったところにある、縁石に座らせてくれた。

慣れない下駄なんて履くもんじゃないな……。食べ過ぎて帯もきつくなってきた。

はしゃぎすぎた自分を反省していると、一緒にしゃがんでいた一之瀬君がすくっと立ち上がった。


「俺、絆創膏買ってくるよ。駅前のコンビニで」

「え、いいよ! 行くなら私も行く!」

「いいって。五分で戻ってくるから。何かあったらすぐ電話して」


そう言って、彼は私の頭をポンと優しく撫でた。

それから、引き留める隙もないほど、彼はサッと人混みの中に消えて行ってしまった。

こんなに女の子扱いされたことなんて今まで一度もなかったから、どう反応したらいいのか分からなくて困る。
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