君があの子に、好きと言えるその日まで。完
でも、一之瀬君に優しくされるたびに、嬉しいのにチクッと胸が痛むのはなぜだろう。


それはきっと私がまだ、星岡君への想いを捨てきれずにお祭りに来てしまったから。


優しくされても私は何も返せない。

それなのに、お祭りを楽しんでしまっている。

……これっていいのかな。一之瀬君に残酷なこと、していないだろうか。


「……望月?」

縁石に座って色んな事を考えすぎていると、ふと頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

ゆっくりと顔を上げると、そこには目を見開き驚いた様子の、星岡君がいた。

「えっ、星岡く、痛っ……」

私も同じように驚き立ち上がった瞬間に、靴擦れの痛みでバランスを崩してしまった。

しかし、星岡君が咄嗟に私の体を支えてくれたお陰で、転ばずに済んだ。


「ご、ごめん、ありがとう……。靴擦れしちゃって……」

「いや、全然……大丈夫?」

「うん、平気」


……どうしよう、ドキドキする。

星岡君に触れられた部分が、熱をもったように感じる。


ドキドキしちゃいけないのに、どうして私の心臓は言うことを聞いてくれないの。


私は無理やり平静を装った表情を作って、星岡君に質問した。


「星岡君も、お祭りに来てたの?」

「ああ、毎年親戚の叔父が屋台出してて、売り子の手伝いに来いってうるさくて」

「そうなんだ、てっきり来栖先輩と一緒かと思った」

「あ、望月、危ないかも」


星岡君にぐっと肩を抱かれて、道の端に引き寄せられた。

遠くで聞こえていた神輿を担ぐかけ声が徐々に近づいており、気づくと行列が背後に差し迫っていた。


「……翠とは、付き合ってないよ」

「え、ごめんなんて……」

太鼓の音と笛を吹く音と、男性の太い掛け声が重なって、星岡君の声が全く聞き取れなかった。

「お互い、好きだったけど、前に進むために付き合ってない。……気持ちはもう過去形だって、お互いなんとなく分かっていたから」

「星岡君、ごめん全然聞こえない……」

「でも、伝えることに意味があった。伝えられたのは、望月のおかげだ。本当にありがとう……」

やっと神輿が通り過ぎて、彼の言葉を聞けるほどの静けさになった時は、すでに何かを話し終えていた。

慌てて聞き返したけれど、星岡君は大したこと話してないよ、と言って、教えてくれなかった。
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