君があの子に、好きと言えるその日まで。完
すれ違う思い、痛み
星岡君と話せないまま、一か月が過ぎてしまったその日、夕飯を食べ終えた私を母が呼んだ。
課題をやろうとした直前だったので、やる気をそがれてしまった私は、少し不機嫌な態度で一階に降りた。
すると、いつも帰りが遅い父が、珍しくリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。
私の存在に気づいた父が、テレビを消して私の方を振り向く。
「依、ちょっとこっちに来なさい」
「……なに、そんな改まって」
なんだか嫌な予感がして、私は恐る恐る父の向かいのソファーに座った。母は父の隣に腰を掛けた。
ザワザワと、鑢の様なもので胸を撫でられるような、そんな不快感がじわじわと忍び寄ってくる。
……悲しいことに、私はこの感覚に、慣れている。
「ここに来て、まだ二年しか経っていないけど、父さん、本社に戻ることになったんだ」
予想通りの告白だった。私はこの経験を、もう何回もしてきた。
けれど、今までの異動の告白より、比べ物にならないほどの衝撃が胸に走った。
頭の中に、ここで出会った友達の顔が走馬灯のように一気に流れ込んできて、深い喪失感が私を襲う。
心の中に、いきなりぼかんと大きな穴を開けられたみたい。
「嫌だ……転校したくない」
初めて私が抵抗したので、父と母は少し驚いた表情をしていた。
驚かれたことにも腹が立つくらい、私はもう大切な人との別れに嫌気がさしていた。
転校したくない。皆と別れるなんて考えられない。
三木ちゃんや一之瀬君が転校初日に優しく話しかけてくれたこと、美術部にも温かく迎え入れてもらえたこと、体育祭でポスターに採用されたこと、秋祭りに行ったこと、星岡君と出会えたこと。
そのどれもが大切な出来事で、今突然すぐにそれを思い出にして別れなきゃいけないなんて、耐えられない。
「私、ここが好き……今まで何回も転校したけど、初めて、そう思ったの」
「依……、気持ちは分かるけど」
お母さんが私の隣に移動してきて、そっと手を握ってきたけれど、私はそれを静かに振り払った。
こんな子供みたいな駄々のこね方、私だってしたくないよ。
お父さんが私たちのために働いているんだってことも分かってる。
でももう、そんな理屈じゃ納得できないんだよ。
仕方ないんだって、自分を抑えつけるには、もう限界なんだよ。