君があの子に、好きと言えるその日まで。完
ちっともわかってなかった、君のこと 依&翔太side
「お母さん、この前はごめん。私、東京に行くよ」
家から出る直前、私はドアノブに手をかけながらそう呟いた。
母は、驚くでも気まずそうにするでもなく、わずかに目を細めているだけだった。
「……そう、決めたのね。お父さんには話しておくから」
「うん、よろしくね」
そう言って、私は重たいドアをガチャッと開けて、朝の陽ざしを全身に浴びながら高校へ向かった。
……うん、大丈夫。もう泣かない、大丈夫。
そう言い聞かせながら、冷たい空気の中を、早歩きで駆け抜けた。
私は、この高校とも、星岡君とも、ちゃんとお別れする道を選んだ。
それは、苦しいから逃げるとかじゃなくて、前向きに自分の未来と向き合った結果。
あの日、泣きながら絵を描いて気づいた。どんなに辛い時も、私には絵があったし、何か気持ちに整理をつけたい時はいつも絵を描いていた。
きっと私が思う以上に、私から絵は切っても切り離せないんだろう。
お母さんの希望に沿って、美大は受けないつもりでいたけれど、向こうに行ったら都内の美術系の予備校に通わせてもらって、本格的に受験を始めよう。
……電車に揺られながら、目を閉じると星岡君の苦しそうな顔が浮かんでくる。
『行くなよって、言いたい、本当は……』。
……あの言葉をもらえただけで、もう十分。
もうこれ以上自分を嫌いになりたくないから、自分の未来のために前を見て進んでいかなきゃいけない。
その前に、私はきちんと話をしなきゃいけない人がいる。
私はスマホを手に取って、その人に今日の昼食を一緒に食べるメッセージを送った。
○
もうこの時期になるとさすがに屋上は寒い。
私と呼び出した彼……一之瀬君はお互いに自分で自分の肩を抱きしめながら、風のこない場所を探して座った。
「風邪ひいたらもっちーのせいだからね」
「そ、そうだよね、そしたら学食おごるよ……」
「カツカレーね」
「一番高いやつじゃん遠慮を知らないな」
そんなどうでもいい会話をしながら、一之瀬君はコンビニのパンを、私はお母さんが作ったおにぎりを口に運んだ。
すでに冷えているけど、でも美味しい。
しばらく私たちは食べることに集中してから、他愛もない話をしていたが、一之瀬君が唐突に話を切り出した。
「で、ここに呼んだ理由は何?」
「うん……あのね」