愛されたいのはお互い様で…。

「あの、朝からすみません。待ち伏せみたいな事をして申し訳ありません。私、葉月務と申します」

解らない程度に緩んだ顔をして、マンションを出たところで声を掛けられた。
何とも…確かに。そこに居るだけで人の目を引く男だ。…葉月務。…ひろむさん、ね。私がここに来ていた事を知っていたという事か…。

「私に何か?」

答えながら顔を引き締めた。

「朝で今はお時間も無いと思います、改めてお話をさせて頂きたいのですが」

コケたりはしなかったが、はぁ…、いい事があったばかりなのに、…こういう事になるとは。私の方は話したい事は無い。

「お名前は存じ上げないのですが、オーダーメイドの靴屋の方ですよね?」

「はい。確かに職業は靴屋ですが」

惚けようとしてるつもりはない。

「ある人の事で話したい事があります」

「ある人、とは?」

更に惚けている訳ではない。

「…今は知らない人、という関係の、女性の事でです」

…名前も知らない体にしているのか…はぁ、なんて面倒臭い事をしてるんだこの二人は…。間怠っこしい事を…。…はぁ。

「貴方は今、5分くらい時間はありますか?」

「え?はい、大丈夫です。しかし、それでは…」

「私と改めて話はしなくて結構です。貴方は貴方の行動したいようにされるといい。私は特にそこには触れませんから」

「え?」

「何事も決めるのは当事者ですから。私は確かに、ある人が好きですが、この場合、当事者には当たらないでしょ。では。あ、名乗らないのは失礼ですかね。私は伊住銀士榔と申します」

「あ、しかし…」

「貴方から私が聞きたい事は何も無いという事です。私も貴方に話したい事は無い。
話は、“ある人”と二人でしたらいい。それがベストでしょう。では失礼します」

「あ。ちょ…」
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