愛されたいのはお互い様で…。
・誘惑のパンプス
今日は良く晴れた暑い日だった。夜になって暗い路地は好まないが奥を目指して進む事にした。
…良かった。お店はあった。今夜は既に明るく店が見えていた。
「今晩は…」
探るように声を掛けた。あの人は存在しているのだろうか。ドアは開いていたが姿は見えなかった。
「いらっしゃいませ。よく来てくれましたね」
奥から男が姿を見せた。…居、た。
「はぁ、良かった。あの、今日は天気が良かったから、お借りしたレインシューズを返しに来ました」
近づいて来ると腰に手を回されカフェの方へ歩き始めた。…え。…あ。耳元に手を当てられ囁くように言われた。
「こっちで待っててくれるかな。今、採寸中のお客様がみえてるから。ごめんね」
だから、声、抑え気味に話しているんだ。今日、来ても良かったのかな。
「あ、では直ぐ、確認して貰ったら、帰りますから」
袋を広げて見せようとしたら首を振られた。
「待ってて?こちらも直ぐ終わるから、ね?」
あ、また…。不覚にも耳に掛かる息と低音ボイスにドキッとしてしまった。話し方が急に変わるから…。はぁ、緊張した…。
「はい、…では、待ってます」
頷くと工房の方へ戻って行った。
靴、見ててもいいかな…。
椅子に靴の入った袋を置き、棚の靴を眺めていた。…やっぱりこういうの、一つ欲しいな。
工房のドアは開けられたままだった。
暫くして女性と出て来た。どうやら終わったみたいだ。知らない人だけど会釈をした。上品に返された。
玄関までご婦人を送っている。私よりもかなり年齢は高いかな…。女性は店主の手を握っていた。顔を凄く見ている。
その手をやんわりと解きながらドアを開けた。
足元、気をつけてください、と声を掛けながら一緒に階段を下りていく。
「では、デザインが決まりましたら、またご連絡を…。お待ちしております」
見えなくなる迄、送っているようだ。中々、遠く離れて行かないみたいだ。頭を何度か下げて手を振ると中に戻って来た。
「直ぐだと言ったのに思っていたより長くなって…お待たせしてしまいましたね。今、お茶を入れますね」
「あ、…そんな。もう帰りますから」
「そう言わないでくれる?今のお客様、中々大変だったので、私も一息入れたいのです。つき合って欲しいな」
「は、い…では…」
注文が細かかったのかな…。長居するつもりは無かったんだけど。仕方ないかな…気分転換にお付き合いさせて頂きましょうか…。
カラン、カランと、氷の音がした。
今日はどうやらミルクティーのようだ。
「どうぞ」
「有難うございます」
少し甘く、濃くて…冷たいミルクティーは、これだけでスイーツも頂いている気分になった。
「…はぁ、美味しいです…」
「そう?それは良かった。…んー、時々ね…」
「はい?」
「私の事をホストのように扱いたがる人が居て困るんです。今夜は貴女が来てくれて助かりました」
え?…あー、なるほど。さっきのご婦人の様子…。そう言われると…解らないでもないかな。
「お客様商売ですからね、微妙なラインが難しいですよね。あまり強く突き放すと、…女性の方は本当に難しいですから…。はぁ、愚痴ってしまいましたね」
仕事をしていたら、人対人では何かと問題は起きる。まして容姿のいい男性に対しては、客という立場を利用して容赦なく攻めて来るタイプの人が居るものだ…。だからと言って、何も知らない私が、このお店のお客さんの悪口になるような事はうっかり言えない。
「いいえ。…あの、私、待ってる間に色々見てて、そしたら、ストラップの、機能性の良いパンプスが欲しくなったのですが。走っても、しゃがんでも、動きに反りがついて来る、みたいな、そんなパンプス…」
別に、気持ちが明るくなるよう話題を変え、気を利かせて話し始めた話ではない。この前から試し履きをしている内に、自分の靴が欲しくなってきたのだ。
「あ、待ってください。ちょっとノートを取って来ますから、直ぐです、待っててください」
「は、い?」