愛されたいのはお互い様で…。
俯いて、中を探っている私の両肩を伊住さんの手が軽く掴んだ。
…ごめんなさい、待たせてますよね…待ってくださいね…。確かに入れたはずなんですよ…。持ち物は多く無いはずなのに…。薄暗くて解り辛い…。あ、あった、…なんだ、内ポケットに入れたんだった。
「ありました!」
影が掛かった気がした。下側から顔が近づいて、あっという間に唇が触れていた。…ん?……え?
「…待ちきれませんでした。代わりに先に少し頂きました。これで着手しますからね。ご心配なく。
ではおやすみなさい」
……。……あ。…あ゙。
「伊住さん…え?」
呟いた時にはもう帰る方へ歩き出していた。おやすみなさいって、前を向いたまま手を振ってる…。
一瞬放心していた。…あ。…触れられた唇に手をやった。
こんな…優しい…思いやりのようなモノを感じるキスは久し振りな気がする。…あ、違う。…これは、…駄目なやつよ…。はぁ、だから何となく危険な感じがして…。思い浮かんだ事も聞いたりしなかったのに…。
ここに来て隙があったなんて…。
あ、まさか、これが代金の一部って事じゃ…ないよね…。でも帰り際のあの言葉だと…そうなるの?…。伊住さん、何を考えているの?
後ろ姿はもう小さくなっていた。
はぁ…。改めて聞く事も出来ないような事。…駄目だ、…何かしら隙が出来るのを待っていたのかも知れない。なんて事…。
…え゙?部屋のドアが見える場所まで帰りついて、心臓が止まるかと思った。固まるように歩みが止まった。
「よう、おかえり、どうした、驚かせたか…」
「ぁ…あ、務、…どうしたの?」
無意識に下唇に指を当てていた。来ている彼に、どうしたのって事は無い。聞く方がおかしい。なんで居るのって、言ってるみたいに聞こえてしまう。
「ん?遅くなったついで?こんな時間だから居るだろうと思って連絡もせず寄ってみたら、紫も遅かったんだな」
私は…。
「ごめん。もしかしてかなり待ったんじゃない?ちょっと連絡くれたら良かったのに。私、靴屋さんに行ってたから。注文して来たの、靴」
足を早めて近づき、がちゃがちゃと鍵を開けドアを開けた。
…ん?いつもなら背中を押すようにして入ろうとするのに。
「紫、大丈夫だったか?」
中に入る。
「え?……何が?」
靴を脱いで上がる。少し惚けた振りでさりげなく答えたつもりだ。
「何がって…行ったんだろ?こんなに遅くまで…靴屋で何もされなかったか?」
務も上がる。身体をくるりと回され、肩を掴まれた。刺されたみたいに胸がズキッとした。顔見せろ、こっち向け、って事だよね。
「えっ?何もされる訳ないよ。大丈夫。お店だよ?…遅くなったのは、行った時間が遅かったからなの」
…。
「はぁ…そうか…。なら別にいいんだ…」
そのまま抱きしめられた。…務?
「こんなに遅い時間になる日には最初から行くなよ…帰りだって心配する」
あー、帰りは…送って貰いました…。だけど…その…。言えばどうなるのか。
「解ってる。何も気にしてなくて、軽率でごめんね…でも心配しないで?大丈夫だから」
「いや。うん、俺も鬱陶しいくらいしつこくて悪い…。紫が心配だから。束縛とは違うからな?」
「うん…解ってる。ごめんね」
「紫…」
「うん?」
「泊まる…ていうか、このままは帰らない」
「…うん」
それは何となく、言われなくても解った。