愛されたいのはお互い様で…。
音を立てないように鍵を回したつもりだった。
「君!」
ビクッとした。…あ゙。起きていたのか起こしてしまったのか解らないけど、呼び止められてしまった。…はぁ…このままそっと帰りたかったのに…。
「あ、はい。あの、ご迷惑をおかけ致しました」
振り向いて直ぐ頭を下げた。何だか色々…気まずい。覗き見るようにして顔を上げた。……あ…。
「もう大丈夫なのか?」
そう言いながら近付いて来た男は思いもよらぬいい男だった。しかも、ボタンが外されたワイシャツの首元が妙に色っぽかった。微かに香る香水?とお酒の匂い…クン…。お酒の匂いは私自身のものかも知れない。
「…あ、はい、大丈夫です。すみませんでした。では、失礼します」
「あ、ちょっと。これは休憩料って事?」
え?男の手にはテーブルに置いてあったお金だろう、握られていた。
「俺の部屋を休憩に利用した料金?」
休憩?料金?…ホテル代わりにしたとでも言いたいのだろうか。
「え?あ、違います。それは、バーの代金のつもりで置きました。私の分と、確か、貴方のを飲んでしまったのですよね?その分の代金としてです。それでは足りませんでしたか?」
「はぁ。いや、充分過ぎる程足りてる。だけど、これは要らないから」
手を取られて渡された。
「あ、でも、返されても困ります。奢って頂く理由もありませんから。あ、もしかして…、タクシー代とかも発生してますか?そうですよね。ではそれもお支払いします、おいくらでしたか?あ、でしたらこの際、飲まれてたお酒の金額も教えてください。きちんとした料金をお支払いしますので」
「フ……可愛くないな」
「え?」
「君だ。可愛くないよ。…要らないと言ってる。素直に受け取ったらどうだ?」
見た目もきっちり、性格もきっちりしたい方だ。理由もなく奢られたくはない。…可愛くないと言われた。お金など出さず、女なら甘えろと言うのか…。それは嫌。
「可愛くなくて結構です。お支払いするのは当たり前です。奢って頂く理由がありませんから。タクシー代、お酒代、おいくらでしょうか」
この男…きっとこんな事は手慣れているんだ。いつもしてるんだ。休憩料だとか要らないだとか、スラスラと言葉が出てくるなんて。
絶対、払ってやるんだから。
「はぁ…。君、いつも一人で飲んでる訳じゃないんだろ?それほど店に慣れた感じには見えなかった。何かあったから、今夜に限ってあんな飲み方をしてたんだろ?」
あんな飲み方って…いつから知っていたんだろう。大きなお世話よ。知られたくない理由ってあるでしょ。
「…そうだとしても、貴方には説明しなくていいことです」
「そうだな。別に知りたくもない」
「とにかく……これ!」
バッグから財布を取り出し、千円を足して、お金を渡し返した。
「強情だな。…じゃあ…改めてこれで俺を買えばいい」
戻され、握らされた。
「…は?…何言って…」
買え?…貴方…誰?何をしてる人なの。
「後腐れもない…君も…紛らわす事が出来る。だろ?」
…あっ。
手を掴まれて引き戻されるように引っ張られた。結果として私から胸に飛び込み抱きついてしまった。
え?と顔を上げた。待っていたかのように直ぐ様両手で包まれた。身長の高い男は屈み込むようにしてあっという間に唇を奪った。