愛されたいのはお互い様で…。

…止めて。

「ん゙ん、…ちょっと!…何、するんですか…」

力の限り押し返した。リップ音と共に離れた。手にしていたお金はひらひらと舞い落ちて床に散らばった。透かさず今度は両方の手首を握られていた。

「…いいよな……しても…」

「何…ちょっ、ちょっと…、いい訳ない、離し…嫌…」

掴まれていた手首を引かれ、また唇がぶつかった。背中に腕を回され、押し付けられるように身体が密着した。

「ん゛っ。…も…や、いい加減にしてください…はぁ」

……するつもりはない。こんな…全くの想像だけど、日頃から来る者拒まず、去る者追わずみたいにしてそうな、そんな色気のある男…。思うままに翻弄されたらきっと馬鹿を見る…。

「酔い潰れてしまったところを、貴方がここに連れて帰って来たのは確かだと思います。でも…頼んだ訳じゃない、私の意思でついて来た訳じゃありません。…多分。だから、そんなつもりはありません。無理にしたら犯罪です」

「…気、強いな〜。俺の事、嫌?嫌じゃない、だろ?何があったか知らないが、俺で…忘れる手助けが出来るかもよ…」

何があったかなんて察しはついているはずよ。だからこんな言い方をしてるんだ…。さっきの続きと言わんばかりに、また強引に唇を重ねられた。後ろに逃げる頭にも限界があった。重ねた唇に甘く食み続けられていた。
腕を取られ、腰を抱き寄せられ…、動く事も出来ず、更にだ。
不覚にもこの男の甘く破壊力のあるキスで力の抜けた身体を易々と抱き上げられてしまった。気がつけばベッドにまた逆戻りだ。
忘れる為に抱かれる…。それは私はない…そういう意味でこういう事はしたくない、…要らない。それに、私の中に“忘れたい男”は居ない、頭にも身体にも既に居なくなっている。
だから、今、してしまっては、私の中にこの男が残るということだ…。つまり、してしまってはこの男の言う一度きりのつもりのモノがそうとはならず、後腐れが生じる、忘れられなくなるって事だ…。

「駄目。お願い…良くないこんなの…止めて………お願い」

辛うじて呟いていた。上に跨がった男は、シャツのボタンを外しながら、熱く唇を奪い続けていた。


「…しかし、強いっていうのかな…。かなり酔ってたみたいだったのに…、一眠りで目を覚ますなんて…。習慣?習慣じゃないよな…。こんな時って、普通、目が覚めた時は朝で、知らない男の部屋で一緒に寝てた、って、やつじゃないの?」

…はぁ。結局だ。甘く激しく、長く繰り返された口づけに…負けた。…悔しい。帰る為に着た服は、肌に唇を触れさせながら絶妙に脱がされていき、熱く火照った身体で…致してしまった…。
今は裸の身体を抱き寄せられ、男の胸でよしよしの如く頭をゆっくり撫でられていた…。何だか物凄く悔しい…悔しくて堪らない。…抵抗したのに。結局、私はこの男の色気に負けたんだ…。情けない。

「…そんな事言われても…直ぐ目が覚めたものは覚めちゃった訳で…自分ではどうしようもないから、仕方ないです…」

「んー、俺が悠長にしてたからかな…」

ギューッと抱きしめられた。

「ぁ…どういう意味ですか…」

「こういう事は…いいと思ったら、連れて帰って来たら直ぐシとけってね。その上でだよ。一緒に寝て…、目が覚めた時、二人とも裸で抱き合ってたってのが、よくある事だろ?こういう風に胸の中で、おはよう、よく眠ってたな、ってね」

だから…それは…よくあるのは普通に可笑しいと思う。男の都合のいい勘違いだ。泥酔して意識のない人とするのは犯罪だと思う。例え承諾したとしても酔っている…返事は曖昧なものだ。

「…つき合わないか?」

胸の中でまた頭を撫でられていた。

「…え?…何言ってるんです…そんなことは貴方が望んでないことなのでは?一度きりのことなんでしょ?
何も知らない相手に…、会って直ぐ、簡単に言う事じゃないです」

どういうつき合い…した人なら誰にでも言ってるの?やっぱりこの場合のつき合うって…セフレって事?…。

「保守的なんだな。“何”も知らないにはならない、こういう事にはなってるんだから…。少しは俺の事、知っただろ?」

「知らない」

「フ…」

…身体を知ったって事?そうよね。それがなに?
あ。顔に手を添え軽く弾むように唇が触れた。その手で顔を上げられた。身体に抱いたまま少しずり上がって枕を背に上半身を起こした。
こっちを見てくれって事だろうか。背中に腕を当てられた。身体に両腕を回して囲うと話し始めた。

「今…、大事な人が居る訳じゃないんだろ?違うだろ?終わったんだろ?気持ちは切れたところじゃないのか?その隙間に…俺を入れてくれないか…俺も大事な人は居ないから」

こんな…、目を見てちゃんと話すなんて。…ううん、惑わされてはいけないのよ。こんな状態のタイミングで…いつもの…事後の決め言葉かも知れないんだし。

「…いきなり過ぎて…頭がついて行かないです」

熱い眼差しから目を逸らせないから話を逸らした。ついていってないのではなく、即、答えていいものか…考えていた。承諾する事は、惚れてしまったと告白してしまうようなものだから。それも、何にってことになる。

「フ。いいよ。じゃあ…、連絡先、教えてくれないか。構わないよな?教えるくらい」

「…んー、…」

何だかこの聞き方…強気だし…。やっぱりこのつき合いというは、時間の合う時に会って、するというだけのモノだろうか…。

「さっき言った、よくある事みたいな事は俺はした事はないんだ。本当だ。君をそんな風にして…、意識のない状態で許可なくシたくなかったんだ。だから連れて帰っても、起きるのを待ってたところもあった。…朝なら朝に、だ。
これっきりにしたくないんだ…だから、今から、つき合い、始めないか…。こんな出会いだから、俺の事、信じられないか…」

…あ。唇がしっかりと触れた。僅かな時間重ねられただけなのに、なのに何だかもう甘い…。甘いと思ってるのは頭?事後だから?身体と同じように頭も熱くなってるの?
全てにおいて少し"酔い"があるからかな。まだ返事はしてないのに…。今ので決められてしまった気がする。

「ん…俺は、ひろむ、だ。はづきひろむ」

「…ひろむさん」

「あぁ…ひろむだ…君は?」

「…私……ませゆかり、です」

「ゆかり…。んー、今夜会えた事、感謝しないとな…」

「感謝?」

「そうだ。ゆかりがあのバーで、一人で飲みたくなった理由があった事に感謝だ。俺が行っても、ゆかりが居なければ会えなかったからなぁ」

「それは、私にしても同じです。私が居ても、ひろむさんが来なければ会わなかった…」

「さん、は、要らない。ひろむだけでいいから。俺もゆかりって呼びたいから。呼んでるけどね」

「…ひろむ…さん」

戸惑った。何であれ、簡単には呼べない。…あ。少し微笑んで、また唇が触れた。下唇をゆっくり挟むようにして、また合わされた。…キス、好きなのかな…。もう、かなり沢山した…された。

「フ。だから、さんは要らない。はぁ…ゆかり…俺の完全な一目惚れだ…逃したくなかった……好きだ…」

抱きしめられた。ずりずりと下がりながら寝かされた。離れた唇はまた身体を甘く這っていった。
一晩だけの…、そうじゃなかったとしても、身体だけの関係になるのかと思っていたのに。…つき合って欲しいと言われるなんて。
確かに、してしまったから、そのまま終わりにする事は出来なかったと思う。紛らすだけの一夜の関係だと言われても終われなかった。それだけ、やっぱりひろむは私の中に残ってしまったから。

最低の日から迎えた私の誕生日は…不思議な出会いの日になったんだ。
< 6 / 151 >

この作品をシェア

pagetop