愛されたいのはお互い様で…。
誰だろう。人が来る予定は無い。…務?驚かそうと来てたの?そんなはずないよね。
え…あ。…伊住さんだ。何故、うちに…。
カ、チャ。
「伊住さん…」
「紫さん、忘れ物、渡しに来ましたよ」
あぁ、きっと傘の事だ。
「あの、お店に傘を取りに行ったんですよ。そしたら…」
「そうですね、それは勝手に持って帰ってすみません。でも…忘れ物というのは、…これです」
伊住さんがそう言って後ろに持っていた物を出した。Ginzirouと店名の入った紙袋だった。
「これは?」
家に何か忘れたかな。
「はぁ…もうお忘れですか?ご注文頂いている、紫さんの、ワインレッドの靴ですよ?」
「あ、…え?もう…出来たって…え?でも、…忘れ物なんかじゃないし、忘れてなんかないです。でも…、まだ、取り掛かりましょうって、言ったばっかりじゃ…」
「そんな事は…何でも正直に話すと思います?」
「あ、それは…」
…やられた。この人は掴み所の無い、悪意の無い策士だった。
「工房に来てみてくださいって、朝言ったでしょ?」
そうだった。じゃあ、あれは、出来上がった靴を見せてくれるつもりだったんだ。
「足を、入れてみて貰えますか?」
「はい、あ、…では、中にどうぞ?」
玄関先でずっとって訳にも行かない状況だ。…仕方ない。
「いいのですか?」
その聞き方…すっと入ればいいじゃないですか。いいです。なんて言ったら、その言葉、何かに使われそうだもの…。
「…どうぞ」
「ではお邪魔します」
…。
靴の袋を持ち、上がった伊住さんとリビングに移動した。
「帰って来たばっかりで…。今、エアコンつけます」
あれ?傘は…持って来てくれて無いみたい。