愛されたいのはお互い様で…。

あ、時間が…。時計に目が行ってしまった。

「もう、ぎりぎりなのですね?」

「ごめんなさい。はい、もうそろそろ準備して出ないと。…ごめんなさい」

大体30分後って約束だから、きっちりしないといけない訳ではないけど、だからといって、大幅に遅れる訳にもいかない。

「では、おいとま致しましょう」

「あ、あの、傘は…」

「傘は預かっています。…人質にね」

…え…あ。…そういう事…。何がって具体的ではないけど、先手を打たれた感じがする。

「黒い靴。まだ作り始めてないですから。また来て頂かないとなると、作りませんよ?少なくとも、一回は来て頂けますよね」

あ、…もう。

「それから」

乗せたままだった手を掴み直された。指を組むようにして繋がれ、そのまま引き寄せられた。
あまりにそれが不意な事だったから、勢いで伊住さんの胸に飛び込んでしまった。
そして背中に片腕を回すと、片手で顎を上げられた。…ん。…ふ。重ねられた唇は、ゆっくりと数回食むと離れた。

「…堪らない顔をしてくれますね…お腹一杯頂きたいところですけど…」

そう言ってまた触れた。今度は顔を両手で包み、唇を割って深く合わされた…、息も出来ないような甘いキスを繰り返された…。

「…プリンより断然甘い…蕩けますね」

ぁ。あっ…。こんな…。

「お、っと。大丈夫ですか?お昼の準備有難うございました。どんな時でも約束はきちんと守ってくれるのですね。まだオムライスは頂いて無いのですよ?帰ってから頂きますからね。
私は焼きプリンに目が無くて、それを偶然とは言え作ってくれた…だから嬉しくて、思わず先に頂いてしまいました」

腰が…思いもよらない強力な攻めに…、情けないけど崩れ落ちそうになっていた。これは…恥ずかしい…。

「…あの」

私は何を…しているの…。

「帰りますね。傘、取りに来て頂くのを待ってますから。あ、靴、作らないといけませんよね」

支えてくれていた腕は腰から離れた。人差し指で私の唇に触れ、頂きましたからと、涼しい顔をして帰って行った。

触れられた時…唇がくすぐったかった。……何故、私は避けなかったのだろう。
……あ、着替え。…もう。あ゙ー、もう…。時間が…。
余計な事、言わないで欲しい。考え方によっては、私が誘惑して、作って貰ってるみたいになる…。私がしたんじゃない…今回だってされたんだからね。
もう…凄い曲者。そして私は、相も変わらず、馬鹿みたいに隙だらけだって事だ…。
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