愛されたいのはお互い様で…。
「わっ」
カーテンを開けて出ると、男性が立って居た。はぁ…びっくりした。これではまるで執事だ。
「濡れた物はこの袋にどうぞ」
そう言ってナイロン製の巾着を渡された。
「パンプスは預かります、乾かしましょう」
あ、待って…では。こそこそとストッキングを取り出し袋に入れ、口を絞った。
「…すみません」
そうする事が当たり前の仕事みたいに言うから、申し訳ないと思いつつも、乾かす事をお願いしてしまった。
「革は濡れたまま放置しては良くないですから。取り敢えずの応急処置をしておきましょう。ある程度乾く間、お茶にしましょうね」
私はまた椅子を勧められた。男性は工房の方にパンプスを持って行ったようだ。
何やらモーター音がし始めた。
戻って来るとカフェの厨房へ向かっている。カップを温めていたようだ。お湯を捨て拭いている。
…一人なのかな。それとも、時間的に一人なのかな。来た時から誰も居ないようだし。まあ、靴屋さんで、毎日人が押しかけて困るって事は、そう無いだろうから、一人なのかも知れない。
「掛けててください?」
「あ、はい、有難うございます」
一挙一動に見とれていたみたい。…座っていようか。
カチャカチャと運ばれて来た物は、紅茶とアップルパイだった。
「どうぞ」
目の前のテーブルに二人分の紅茶とアップルパイが置かれた。男性も向かいに座った
「こんな事までして頂いて、有難うございます。…あの、私、のこのこついて来て何言ってるって話ですが…何だか、何が何だか、まだずっと不思議で…」
「おとぎの世界ですからね?」
…あ、…。茶目っぽく言われた。
「…あ、はい」
「フ、そうですよね、こんな場所に、半ば強引に連れて来たようなものでしたから。半ばじゃないですね、ほぼ強引にですね」
「はい。あ、…すみません」
またつい肯定してしまった。ついて来たのは私にも責任はある。拒否する事だって充分出来た。と思う。まだ胡散臭いと思っているとでも思われたかも知れない。きっとそうだ。
「少しでも解って欲しくて、来て頂いたところもあります」
「?」
「あ…、ハハハ。この男、人を強引に連れて来たばかりか、意味の解らない可笑しな事も言い始めたぞ、って感じですかね」
「あ、いえいえ、…そんな事は…」
慌てて手で違う違うと振った。
「フ。いいんですよ。珍しく…自分でもかなり強引な事をしたと思ってますから。…んー、靴って、誰しも履きますよね、日常にしろ、特別な日の物にしろ、色々と。シーンや用途に合わせて。
でも、履くってだけで、それっきりだ。少し傷んだら修理して履こうとはしないし、自分の足に合った物を履かなかったり…。デザイン重視で足に無理をさせたりして。気に入って買ったはずなのに、それが理由で履かなくなったり、放ったらかしにしてしまいがちです」
「んー、そうですね。なりがちですね」
私も履きっぱなしだ。履かなくなって眠ったままの靴はしまわれたままだ。
「雨の日には雨の日の靴もありますから、ね」
確かに…。足元を見て、爪先を伸ばしたり戻したりして、その履き心地の良さを改めて感じていた。ヒールの低いショートブーツとか、ブーティみたいな感じだ。