愛されたいのはお互い様で…。

「紫さん、履くのですか?」

「私は普段も履かないんですよ?ただ、お客さんから言われたら作るのかなって」

「作りませんね。あれは足に辛い履物ですから。勧めてデザインする事もしないです。
お洒落なピンヒールはイコールブランド物って事になりますからね。好んで作る事はないんじゃないですかね。
私は…、紫さんがどうしてもと要求されるなら…応じますけどね」

近い近い。もう、危ない。軽く顔を押し返した。…余裕だろう、そんな風にしても、笑って動じないし。

「私はピンヒールは履きません。だから要求はしません」

「そうですか」

「あ、伊住さん、靴の代金はもう決めて頂けましたか?」

「まだですよ、中々決められなくて…」

…もう。そんな訳ないのに。

「他の方はどうなんです?大体どのくらいで…」

「それは、材料も手間も人それぞれですから、同じという訳にはいきませんよ?」

…そうか、一概にはいかないんだった。人の靴の値段だって迂闊には言えないよね。

ブー、…。

チン。

「あ、プリン、焼けたみたいです」

「そうですね。あぁ、もう熱いまま食べてしまいたい」

「それは、大火傷してしまいます」

「ふぅふぅしても駄目ですかね」

「駄目とは言いませんが…。氷で囲んで早く粗熱を取りましょう。そしたら少しは早く食べられます。温かいままでもいいですが、冷やした方が私は味もいいような気がします」

「解りました、我慢します」

「クス、はい。いい子にしててください」

…。あ、わわわ。なんて事を。大の大人の男性に…。

「すみません…、うっかり、完全に小さい子供に言うような事を…ごめんなさい」

「構いませんよ。いい子にして待ってます」

「…すみません。本当にすみません」

オーブンの焼き上がりを知らせる音がした時、バッグの中で携帯に着信があった事に私は気づいていなかった。
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