微かな香り【短編】
「こんにちはー」
元気を纏った女の声。オレはそれを、布団の中で静かに聞く。
「慎(しん)、大丈夫ー?」
袋を両手に携えた長いポニーテールの彼女は、オレの部屋に入るなり少し心配そうに問いかけた。
「……別に来なくてよかったのに」
「何言ってんのよ。そんなわけにはいかないの! アンタのおばちゃん、直々に頼まれたんだから」
……ったく、また余計なことを。
自分の用事がどうしても手放せないときは、決まってこいつ……夕乃(ゆうの)を頼りやがる。
「こーいうときは、黙って幼なじみに任せときゃいいのよ」
「……へいへい。すまねーな」
あー、何かすげェ調子狂う。
つーか、身体がダルい。
「あ。タオル、替えるね」
そんな声が聞こえたかと思うと、額の上のタオルはさっと取り除かれた。
目だけを動かして、夕乃の姿を捉える。
彼女はタオルを片手に待ったまま、袋をつかんで足軽に部屋の外に出て行った。
……まったく、熱を出すなんて何年ぶりだろうか。
しかも、こんな高熱。
違和感の正体に気付いたとき、まさかと思った。
風邪気味だったオレは、昨日病院に行くよう勧められるも、面倒だからという理由でそれを怠った。
それが祟っちまったのか否か、病状は悪化。
母親には、ほら見ろと言わんばかりに咎められて。
……にしても、あの人もあの人だ。
よりにもよって、幼なじみの女に看病させるっつー。……どんな嫌がらせだよ。
脳内でぶつぶつと不満を洩らしていると、突然戸が開いた。