微かな香り【短編】
「林檎、ついでに剥いてきたんだけど……食べる?」
戻ってきた夕乃の手元を見れば、皿に盛られた八つ切りの林檎達。
一つフォークにさして、彼女はオレの方に差し出す。
「ん」
小さく返事すると、オレは起き上がろうと身体に力を込めた。
──ズキッ。
その瞬間、急に力を入れたせいか、頭に鋭い痛みが走った。
「大丈夫?」
「……あぁ」
すると夕乃は、オレの背中にそっと手を添える。
そして、手慣れたように身体を起こすのを手伝った。
「ふふ、食べさせてあげよっか?」
「いや、いい」
「はいはい」
どこか楽しそうに振る舞う彼女から、オレはフォークを受け取る。
一口それをかじり飲み込み。
「夕乃」
「ん?」
ジーッと、その表情を見つめる。
「何かお前今日、いつもより優しくねェ?」
「は?」
すると夕乃は、拍子抜けしたような声を出した。
「そりゃあアンタ、病人にキツくあたったりなんかしないからね」
「……」
……ん?
何だ、この感覚。
嫌悪感? 不快感? いや、寧ろ……。
「どうかした?」
「や、別に」
オレは林檎にフォークを刺して、もう一つ口に運んだ。
爽やかな甘味と、僅かな酸味。
口いっぱいに広がって、ほのかな匂いが鼻を抜けた。
あれ? 林檎って、こんなんだっけ?
「……旨ェ」
END