彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
あれ?
高橋は今、副社長を『康史さん』って呼んだ?

「さぁ、早希。荷物はどこ?もう行くよ」
副社長は私の背中に手をかけて私を会議室から連れ出そうとする。

『早希』なんて名前で呼ばれてその上会議室も一緒に出ていくってこと?
この強引さに戸惑うし、何だか怖い。
こんなに堂々と2人で会社を出るなんて考えただけでぞっとする。。

よく見ると、プロジェクトチームのメンバーの皆さんが興味深げに私たちを見ている。

「あああ、あの副社長。先に出て下さい。私、神田部長にご挨拶がまだなので・・・」

副社長を遮るように押し止めていると、
「早希さーん、僕への挨拶なんていらないよー。早く副社長を何とかしてあげてー」
と離れた席から脳天気な声がした。

振り向くと神田部長がひらひらと手を振っている。
タヌキっ、なんてことをっ。

今日の玄関ホールといい、今といい・・・。

鼻筋にしわを寄せ目を細めて嫌な顔をしてやるけど、タヌキは知らん顔をしている。

「早希、逃げようとしてる?」
耳元で副社長が囁いた。

「い、いえ。逃げません、でも何だか副社長のプレッシャーがですね。アクロスの支社やTHの皆さんが驚いてますし、この状況はちょっとまずいんじゃないかと」

「じゃ、いっそのこと今ここで早希にキスをして皆にお披露目もいいかもね?」
黒っぽく微笑む副社長に慌てて一歩後退する。
心臓に悪い。今なら、本当にやりそうだもん。

「いえいえ、いいわけないじゃないですか」
デスクの上の資料をかき集めた。
「出ましょう、副社長」

副社長より先に「お疲れさまでした。お先に失礼します」と周りに挨拶しながら足早に会議室を出た。

< 105 / 136 >

この作品をシェア

pagetop