彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~


とにかく、邪魔が入らず話ができる所ということで不本意ながらも副社長がしばらく滞在するというホテルの部屋に落ち着いた。
そこはかなり広いツインルームだった。

「さぁ、話の続きをしようか」
副社長は背広を脱いでネクタイを緩めて、向かい合ったソファーに座った。

会社のエントランスホールで再会した時の余裕のなさはどこへやら。今はもう私の知っているいつもの余裕のある大人の副社長に戻っている。

うわっ。
思わず視線を窓の外にそらした。
実は私は男性のネクタイを緩める仕草に弱い。
特に副社長のは男性としての色気が凄すぎる。目の毒だ。

「早希、話の続きをいいかい?」
私は視線が合わせられず副社長の首元あたりを見て頷いた。

「林の父親は北海道支社長で林自身も将来的には会社の幹部だ。薫は社長の姪と言っても正確には社長の妻の妹の娘で社長との血縁はない。薫の父親は普通の会社員だ。周りから見て何も問題ないと思っても、本人はそうじゃなかったって事だな。自分じゃ林とつり合わないって」


そんな。
可愛くていつもキラキラしているように見えた薫がそんな風に思っていたなんて。

「私との間を心配する位に林さんとはうまくいってなかったって事ですか?」

「林も忙しくて薫と会う時間は少なかっただろうな。それ以上にお互い自分の気持ちをあまり言葉で伝え合っていなかったって。そんな時に林と早希の電話のやりとりを聞いたらしい」

私には林さんと特に誰かに聞かれて困る話をした記憶は無い。

「早希を『谷口さん』じゃなくて『早希さん』と呼んでいて、しかも友人と話すような気軽な口調だったって」

副社長は軽く目を細めて私を見つめた。
「そんなに親しいとは俺も知らなかったよ」

その言葉に私が思わず息を呑むと、副社長はフッと笑った。

「ごめん、意地悪だったな。俺は2人の間に何もないことはよくわかっている」

「ひどいです」

私はため息をついて抗議した。
副社長は笑顔のままで林は普段はかなりカタい男だからと、教えてくれた。

「林が社内の人間と親しげに話す事が珍しいから薫が勘違いしたんだ。しかも相手は若くてきれいな女性だしね」

「でも、私が林さんと気軽に話せるようになったのは『信楽焼事件』からですよ」
口をとがらせてそう言うと副社長は思わず吹き出した。

「『信楽焼事件』か。そうか。あははっ。そりゃ、林も早希に心を許すはずだ」

あはははっと笑っている。
私には恥ずかしい事件なのに。

ぷくっとふくれて横を向いたら、副社長はすっと立ち上がり、私のその頬にキスをした。

「ひゃっ」

再会した副社長は、何というか、かなりスキンシップが多くて甘くなったんじゃないだろうか。

「早希、からかってごめんね。薫と林の件はともかくとして、もう勝手に勘違いして消えたりしないでくれ」
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