彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「黙っていなくなった事は謝ります。でも、あの時の私にはあの選択しかできませんでした。副社長は勘違いって言いますけど、私にとっては勘違いでもなんでもありませんから」
あの時の衝撃とあの頃の胸の痛みを思い出すと胃がキュッと痛くなり背中がゾワゾワとする。

副社長は立ち上がり私の隣に座り直した。俯いた私の両手をギュッと大きな両手で包み込むように握ってきた。

「早希、本当に済まなかった。薫のこともその他の事もどんなに君を傷つけたのか。これから早希のことを必ず守るから。絶対に大切にするから、この先は俺の側にいてくれないか」

私を見つめる副社長の瞳は力があった。
揺るぎない光が見えたような気がするのは私の願望だろうか。

でも私は『結婚までの暇つぶしの相手』そう言われたことを思い出す。

私も副社長の手を握り返したい。
でも側にいて欲しいと言われても『暇つぶしの相手』では切なすぎるし、私と副社長では薫と林さんより抱えているものがさらに大きい。

私はためらっていた。
この手を握り返していいのか。

この手を握り返してもまた同じ事の繰り返しなんだろうと思う。私はそれに耐えていけるのか。

副社長の周りには常に女性が集まって来るだろうし、仮に副社長の恋人になったとしても、副社長の周りから私はまた『暇つぶしの相手』『大したことない女』と言われてしまうんだろうなと思う。
それは副社長にとってかなりのマイナスイメージじゃないだろうか。
私は女性の影に怯えて常に不安な気持ちで過ごすのは辛いし、そもそも副社長と私じゃ釣り合わない気がする。

あの日、私では戦えないと思って副社長から逃げたのだから。

大きく息を吸って、私の手に重ねられた副社長の手から自分の右手を外した。そして左手に重ねられた副社長の両手を押し返した。

「ごめんなさい。私は副社長のことが好きです。でも、私には無理です。副社長の隣にいられる自信がないんです」

副社長はほんの一瞬眉間にしわを寄せたように見えたけど、すぐにふっと表情を緩めて言った。

「早希のその返事は想定内」

え?想定内ってなに?
首をかしげると同時に私の身体は副社長に抱き寄せられていて、あの温かい胸とがっしりした腕に包まれた。

ぎゅっと抱かれて後頭部の辺りを撫でられる。ああ、何て気持ちがいいんだろう。
私が恋い焦がれて求めていた副社長の感触。

安心感に包まれるけど、これは私が受け入れていいものではないだろう。
抜け出そうともがいてみるけど副社長の腕の力は強くて動けない。副社長は私が苦しくない程度にホールドしている。絶妙な力加減。
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