彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~



隣には副社長がいた。
少しうとうととしてしまったみたい。
ふたりとも服は着ていない。
目覚めた時、彼の腕枕でしっかりと抱きかかえられていたことに幸せを感じた。
もうずっとこのままこの人の胸の中にいたい。

「目が覚めた?」
「はい…」
私はしっかりと彼にしがみついた。
一緒にいられる幸せを感じたかった。

「夕食も食べさせてあげないで襲ってゴメン」
私の裸の背中をさするようにしながら言う副社長はゴメンって言いながら少しも悪そうにしていない。
あれから何度も気が遠くなりそうになり、いつの間にかうとうととしていたらしい。
「そうですね、そういえば夕食まだでした」
ふふっと笑ってまた彼にしがみついたけど、あれ?私何か忘れている?

「あ!」
そうだ!
私は今実家暮らしだった。
夕食がいらないことや帰りが遅くなる連絡をしていない。真彩とお風呂に入る約束もしていた。

「今、何時でしょう?」
ガバッと起き上がり時計を探す。
私の慌てた様子に副社長も身体を起こした。

「どうした?」
今の私の生活を知らない副社長に簡単に説明をした。

スマホを確認すると姉からメッセージが入っていた。

『真彩のお風呂はじぃじと入るから心配ないわよ』

現在時刻は21時半。
真彩はもう寝ているはず。

『連絡もしないでゴメンね』
と姉にメッセージを送るとすぐに既読になり
『早希は社会人なんだから、自分の付き合いも大切にして。私たちのせいで早希のこれからの人生を邪魔をしたくない』
というメッセージが届いた。

姉と真彩や龍生が私の人生の邪魔?
そんなはずない。
犠牲になっているつもりはない。

でも、副社長の側にいるという選択は東京に戻るということ。
それは姉たちを見捨てて行くってことなんじゃないのだろうか。
素肌にシーツを巻き付けただけでスマホを持って立ち尽くしていた。

「早希」
後ろから副社長が抱きしめてくれてハッとした。
「早希の不安はわかってるから。大丈夫。2人で乗り越えて行こう」
私の身体に回した腕の力が頼もしく感じられる。何も根拠はないけど大丈夫なのかもと誤解してしまいそうだ。

「おうちの方が心配しているだろうから、残念だけど今夜は送るよ」
そう言って、副社長も手早く身支度を調え始める。

送って頂かなくても大丈夫ですと言ったのに、副社長は強引にタクシーに私を乗せ自分も乗り込んだ。

この人と離れたくない。でも、姉たちを放っておくこともできない。タクシー中でつないだ手に力を込めると副社長は私を見て「大丈夫だよ」と微笑んだ。

大丈夫なんかじゃないと思っていたけれど黙っていた。私も大丈夫だと信じたいから。

< 110 / 136 >

この作品をシェア

pagetop