彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
タクシーが家の前に着くと、なぜか副社長も一緒に下りてうちの玄関のインターホンを押している。

「ふ、副社長?」
「ああ、ちょうどいいから早希のご両親にご挨拶しておこうと思って」
ニッコリと笑っているけど、こんな遅い時間にいきなりこんな立派な身なりのイケメンが現れたらうちの両親が驚いてどんな反応するのかわからない。

「ちょっと待って下さい。いくらなんでもいきなりは…」と言っていると玄関ドアが開いて姉が顔を出した。
「早希、家の前で何揉めてるの?」
そして、副社長の顔を見て驚いていた。
「うわっ、超イケメン」

「初めまして。こんな夜分に申し訳ありません。私は早希さんとお付き合いをさせていただいている久保山康史です。出張でこちらに来ましたので、ご挨拶に伺いました」
副社長は姉に礼儀正しくきっちりと頭を下げている。




それから20分後
何と、副社長は私の両親とリビングで姉の作った料理をつまみにお酒を飲んでいる。
副社長の膝の上には寝ていたはずの真彩がちょこんと座りご機嫌な様子だ。

姉と並んでキッチンに立つ私はさっきからため息が止まらない。
何でこんな状況に…。


「早希、付き合っている人がいるなら教えてくれればよかったのに。しかも超イケメンじゃないの」
姉は副社長を見てからずっとニヤニヤが止まらない。

私と副社長が付き合っているかと言えるのかどうか。
私が返事に窮して、黙って姉が作ったきんぴらゴボウをお皿に盛り付けていると、
「私のせいで離ればなれにさせちゃったんだよね」
そう沈んだ姉の声がした。

「違うよ。そうじゃない」
私は慌てて否定する。
でも、何て答えたらいいのかわからない。
私は単に姉家族の生活を支える為に実家に戻って来たわけじゃない。自分に自信がなくて副社長から逃げ出したのだ。

でも、今度は姉たちを置いて副社長と一緒にいたいから東京に戻りたいと家族に言わなければならないのか。

私の表情を姉はじっと見つめてくる。
「ごめんね。でも、これからは早希を犠牲にするつもりはないわよ。世の中にシングルマザーはたくさんいて、中には頼る家族もいない人だっている。私には両親や夫の両親もいるんだから、大丈夫。早希は早希の幸せを掴みなさい」

「お姉ちゃん」
姉は私の口にだし巻き卵を一切れ突っ込んで私の口をふさいだ。

「今回は私の出産とお母さんの手術が重なって、私も精神的にも肉体的にも参ってしまって早希を頼っちゃった。でも、もう大丈夫だから」

姉は優しく微笑んだ。
でも、本当にそれでいいのだろうか?


< 111 / 136 >

この作品をシェア

pagetop