彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「ママ-!こっち来てー」
リビングで真彩が姉を呼んでいる。

「はぁい。今行くよ。早希ちゃん、だし巻き卵も盛り付けて持ってきてね」
私との話の途中で姉はリビングへと行ってしまった。

姉の言葉を理解はできるけれど、そのまま鵜呑みにはできない。

シングルマザーがどんなに大変なのか。
姉は今は産休中だけれど、職場復帰したらまた不規則なシフトの仕事が待っている。

姉は24時間操業の工場の管理栄養士をしている。
その工場は1日3食社食提供しているため、シフトにより早朝勤務だったり、夜の帰宅だったり。
勤務時間は公立保育園では対応できない時間帯のことも多い。
だから、家族のフォローが必要だ。
姉の代わりの保育園の送迎、食事やお風呂の世話、上は3才、下は0才と幼い子供が2人もいる。
仕事をしている父と病み上がりの母で大丈夫なんだろうか。

きんぴらゴボウとだし巻き卵のお皿を持ってリビングに行くと、姉が副社長の前で神妙な顔をして正座をしている。両親もお酒を飲む手を止めて真剣な表情だ。

え?何だろう。
「あの、何かありました?」
少しドキドキしながら副社長に聞くと

「うん、入社試験かな」
とニッコリとして私と自分の膝に座る真彩の顔を見て言った。
真彩、いつの間にそんなに副社長に懐いているのよ。

「入社試験ですか?」
私が首をかしげると真彩が
「ママのお仕事、康ちゃんの会社でするんだってー」
と言い出した。

え?
真彩が副社長のことを『康ちゃん』と呼んでることも驚きだけど、入社試験って?

驚いて副社長を見ると
「お姉さんさえよければ、アクロスの支社の社員食堂の管理栄養士さんにどうかと思って。だって、このお姉さんの作った料理はどれも絶品だからね」
と笑って、今私が持ってきたばかりの出汁巻き卵をパクリと食べる。

「昼間だけの勤務で正社員だし、同じ職種の人が複数人いるから、子供の都合でお休みを取ることも可能だと思う。聞いたところお姉さんのキャリアがあれば問題ないと思う。お給料とか他の待遇は今ここで説明できないから、明日にでも担当に連絡させるね。履歴書だけ準備しておいて下さい」

父も母も喜んでいる。
「久保山さん。ありがとうございます。娘の今後の生活を考えて職場を何とかしないといけないと思っていました」
父は頭を下げようとして副社長に止められている。

姉が「私でいいんでしょうか。しかもこんな形で」と心配そうに言う。

< 112 / 136 >

この作品をシェア

pagetop