彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「あの時の熱中症の方ですよね?」
「そうなの。本当にあの節はありがとうございました。親切にしていただいたのに、ろくにお礼も言えなくて」
「いいえ、たいしたことはしていませんから」
「そんな事ないわ。あのままあそこにいたら救急車で運ばれいたかも。もしかすると重症になっていたかもしれないし。本当にありがとう」
「ご無事でなによりでした」
私はにっこりとした。
でも、あの時の女性がまさか高橋のお母様だとは。あの時は30代にしか見えなかったけど。
ん?あれ?
あの時、駆け寄ってきたと思った男性は高橋社長じゃなかった。もっと若かったような気がする。
あれ?
「ね、半年くらい前にも会っているけれどその時にもあなたは気が付かなかったみたいね」
「え?すみません。どこでお会いしたんでしょうか」
「エスクードホテルのバーの入り口。エレベーターを降りたらあなたがいたの。もっとも、あなたは逃げちゃったから私だって気が付いてないでしょうけど」
ふふふっと笑った。
私が逃げた?
半年前・・・
エスクードホテルのバー・・・
エレベーター・・・?
社長夫人の言ったキーワードと私の記憶を頭の中でつなぎ合わせる。
「あら、まだ気が付かないの?康ちゃんと一緒にいたのは私よ」
今度はケラケラと面白そうに笑い出した。
『康ちゃん』?まさか!
私は驚きで身動き一つできない。
「あら、やっと思い出してくれたの?そうよ、あの時康ちゃんと一緒にいたのは私なの。何だか誤解させちゃったみたいで本当にごめんなさいねぇ。あれからあなたとなかなか連絡が取れなかったとかで康ちゃんの機嫌が悪くなるし、私も大変だったわぁ」
それを聞いて私の顔は青くなったり赤くなったり。
ま、まさかあの女性がTHの社長夫人だったとは。
いや、いや、だってすごく若かったし、腕を組んでたし、お似合いに見えたし。
「なあ、どういうこと?Barって何。で、何で康史さんの名前も出てくるの?」
高橋が興味津々って顔で話に入ってきた。
「前にね、お父さんとエスクードホテルのバーで待ち合わせをした時に康ちゃんに送ってもらったことがあったんだけど。その時にこのお嬢さんと鉢合わせしちゃって。私が康ちゃんと腕を組んでいたから誤解しちゃったみたいなのよね」