彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「腕を組んでたって・・・いい年こいて何してんだよ、母さん」
はあーっと呆れ顔をして高橋はため息をついた。

「あら、だって康ちゃんイケメンだし」

「谷口だって相手の女の顔をよく見ればこんなおばさんだって気が付きそうなもんだろ」
自分の母親を指さして「よく見てみろよ」と言うけど。

「おばさんだなんて失礼ねっ!」
社長夫人はぷうっと頬を膨らませて息子の頬を引っ張った。

「いててて。やめろ」

「あ、あの。その節は失礼しました。まさか社長夫人だとは思いもせず・・・あの、あまりにお若くておきれいで。その・・・てっきり・・・その、勘違いしてしまって・・・」
私は頭を下げたまま顔を上げることができない。

あの時の美女がまさか高橋のお母さんだったとは。なんてことだ。信じられない。

「この人が俺を産んだの20才の時。確かに親父とは年の差婚でずいぶん離れてる。でも、この人だってもうとっくにいい歳だから。これただの若作り」
そう言うから高橋はまたお母さんに頬を引っ張られている。

「ごめんね。誤解させちゃって。康ちゃんとはね、あの子の小さい時から親戚同様のお付き合いをしてるものだから。でも、康ちゃんとはあれから仲直りしたのよね?」
私に向かってにこりとする。

「え、ええ」
私はドキドキしながら頷いた。
あれからっていっても最近ですが・・・。

「あら?」
社長夫人は何かに気が付いたようで私の目の前にグイっと近づいた。

「ねえ、あなた。そういえば、どうしてここにいるの?どうして東京にいないの?今日は出張・・・じゃないわよね。あなたさっき社長の第二秘書とか何とかって言ってなかった?ね、どうしてうちの会社にいるの」

ぐいぐいと私に詰め寄ってきた。
その勢いに私は気圧されてじりじりと後ずさる。

ど、どうしたらっ。
困って高橋を見るけど、思いっ切り視線をそらされた。
は、薄情者め。

「ええっとですね、家庭の事情というか・・・」
私が返事に困っていると
「どんな事情か知らないけど、離れなくて済む事情なら離れちゃだめよ。離れなきゃならない事情なら早々に解決して康ちゃんのところに戻りなさい。世の中にはね、タイミングを逃すと二度と手に入らないものがあるのよ。仕事も恋愛もそれは同じなんだから」
社長夫人は私の目を見てはっきり言った。

確かにそうかもしれない。
ビジネスチャンスだってタイミング。恋愛だって同じなんだろう。
目からウロコってこのことか。

「ありがとうございます。そうですよね。私、がんばります」
そう宣言した私に社長夫人はうんうんと頷いてくれた。

「そうよ、康ちゃん、あなたに一目ぼれだったんだから」
うふふっと笑った。

うん?
今何か、変な発言が?
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