彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
二人で軽く食事をした後、ゆっくりと過ごせる康史さんの泊まるホテルの部屋に入った。

部屋に入るとすぐに康史さんは抱きしめてくちびるを重ねてきた。
心が通った後のキスは本当にだめ。いい意味で。
お互いの体温と唇と舌の感触で全身が溶けてしまいそうになる。
もっと、もっと、もっと康史さんを感じたい。そう思ってしまう。

「あ・・・ん」
キスの合間に声が漏れてしまう。

「ごめん、ちょっとやりすぎた」
康史さんがくちびるを離して私の腰を支えてくれる。私は膝の力が抜けそうになっていたから。
ニヤッと笑って
「続きは話をしてからね」と言った。

顔を上げると、私を抱き上げえてソファーに運んでくれた。
以前は恥ずかしくて仕方なかったこのお姫様抱っこだけど、今日はうれしくて仕方ない。
康史さんに大切にされている気分になるから。

ぽすっとソファーに下ろされて康史さんも隣に座った。

そして、私をじっと見つめてゆっくり口を開いた。

「早希、東京に戻って来ないか?」

それは私も考えていたことだった。そして、さっき高橋のお母さんに言われた言葉で半ば決めていた。
でも、まだ家族に相談してない。
すぐに返事をしたかったけど、どう伝えようか頭の中で言葉を組み立てていると先に康史さんが言った。

「早希はお家のことが心配なんだよね」
「そうなんです」
今度はすぐに返事をした。

「わかってる。だから相談しよう。一つ一つ不安を取り除こう。ただ、本当に大切なことは一つだけだから。他のことは時間をかければ何とかなる」

少しだけ首を傾けて彼のライトブラウンの瞳を見た。
ゆらゆらと心細気げな色が浮かんで見える。
そう、私たちには時間がない。

「私はもう康史さんがそばにいてくれないと生きていける気がしません」

康史さんの手をそっと握って少しだけ笑顔を見せた・・・つもり。
でもきっと笑顔にはなっていなかっただろう。
切なさに胸が締め付けられて苦しい。
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