彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「わかりました」
はぁっとため息をついた。

そんな私を見て林さんが表情を緩めてクスッと笑った。
「そんなに副社長がお嫌ですか?」

「いえ、副社長がっていうわけではありません。だいたいまだに見たこともないですし」

「では、なぜ?」

「副社長のせっかくのリラックスタイムに私が相手では副社長が可哀想です。私ではいろいろ経験が足りなくてですね。副社長と会話を楽しむ余裕などないでしょうし。副社長を楽しませる自信などありません。しかも整いすぎたお顔立ちの方じゃ畏れ多くて更に緊張します。
社長が副社長の気分転換のためにと考えているのなら尚更私じゃなくて他に適任者がいるんじゃないかと思うんですよね」

「そうですか。わかるような気はしますが。でも、社長はあなたでないとと。あなたが適任者だと判断したわけですから仕方ないですね。明後日は逃げないで下さいよ」

「わかってます。もう逃げませんけど」

そしてふと気が付いた。
「そういえば、社長は副社長にはこの件を何と説明をされたんでしょうか?」

「さぁ、それは社長からお話されていたので、私は存じ上げません」

「まさか、冗談でも見合いなんてことは……?」

「ないとは思いますが、絶対とは言えませんので、それは社長に確認してみますね」

「はい、よろしくお願いします」

「副社長は顔だけの嫌な男ではありませんから心配ないですよ」
林さんは優しく微笑んだ。

はい、と返事をして頭を切り替えることにした。

目の前にはこの店の日替わりランチがきている。昔ながらの喫茶店の定番ナポリタンではない。

天ざるそば??

「驚きますよね?この店の裏メニューなんですよ。美味しいので食べてみて下さい。社長の我儘に付き合わせるお詫びです」
と林さんがきれいに笑うからつられて私も微笑んだ。

それにしても、美味しそう。このレトロな雰囲気の喫茶店で天ざるそばをすするなんて何か特別な経験をさせてもらっている気がする。

食べて大満足。それは期待以上の味だった。
林さんに大感謝して私は午後の仕事に向かった。


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