彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
光と闇

ここは明らかに高級リゾートホテル。
社長や副社長たちが住む世界だ。

私はというとごく普通の家庭に生まれ育ったいち会社員。
木曜や金曜日は副社長からお誘いがあるかもと思い、いつも服装には気を遣っていたけど、いちいち社内で着替えるわけではない。仕事を前提としたオフィスファッションだ。
明らかに今この場では浮いている。
恥ずかしくなり目の前の薄暗い森の中に隠れてしまいたくなっていた。

私は副社長の住む光の世界にはふさわしくないだろう。

急に不安になった。

帰りたい。

どうして副社長はここに私を連れて来たのだろう。
もっとふさわしい女性と来ればいいのに。そう考えていたら、昨日の副社長と薫の姿をまた思い出してしまった。
ああ、あの薫ならこの場に相応しい。

思わず席を立ってウッドデッキの端まで吸い寄せられるように歩き、しばらくの間森の奥を見つめて立ち尽くしていた。

足音に気が付いて振り返ると副社長はすぐ後ろにいた。
近くに来るまで全く気が付かなかった。

「ウェルカムドリンクも飲まないでどうしたの?」
副社長は私が体調を崩し、気分が悪くなったのかと心配しているようだ。
おまけに「いきなり遠くまで連れ出して悪かった」と言いはじめてしまった。

そういう事ではないんだけどと苦笑した。

「体調は悪くありませんよ。ご心配なく。少し森の闇に誘われただけですから」
と口角を上げてみせると、いきなり副社長の身体に包まれた。
突然、抱きしめられ驚いて声も出ない。

ぎゅっと力を入れて囁くように言った。
「ごめん、早希さんがまたいなくなるような気がした」

そんなまたって・・・。
どう返事をしたらいいのかわからない。

困って固まっていたら耳元に軽く副社長の柔らかい唇が触れてすぐに離れた。
同時に抱きしめられていた身体も離され、今度は手をつながれた。

「体調が悪くなければ食事をしよう」と私の返事を待たずに歩き出した。

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