彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~

さっき座っていた席の横には少し年配の姿勢の良い男性が立っていた。

私達が近づくと「谷口様。山内と申します。何でもお申し付け下さい」とにこやかに話しかけてきた。
副社長に「ここの支配人だよ」と説明されて慌てて頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「部屋の準備ができるまで、もう少しこちらでお待ち下さい」と再び座るように促される。
副社長の分のウェルカムドリンクも準備されていた。

「早希さん、ここの果実酒は美味しいよ。飲んでごらん」
副社長にグラスを手渡された。

「でも、副社長。これアルコールだと聞きました。どちらかは飲まないでいないと車で帰れませんから、副社長がどうぞ。帰りは私が運転しますね」

私がそう言うと副社長は困ったような顔をした。

山内支配人は
「久保山様はステキなお嬢様を見つけましたね」
と微笑んで「準備が整いましたらまた参ります」と離れて行ってしまった。

私、何かしてしまったのかしら。
副社長の様子を窺うと笑っていた。

「早希さん、今夜は帰さないつもりでここに連れて来たんだ。だから、飲酒運転にはならないよ」

ええっ。
そんなの聞いてません。
固まってしまった。

「心配しないで。寝室は二つあるし、ここには宿泊に必要な物は全て揃っているから」
目を丸くしている私を副社長は真っ直ぐに見た。

「ここには早希さんに見せたいものがあるんだ。だから、付き合って欲しい」
そう言われてしまうと断りにくい。

副社長のことが大好きな私にできることはうなずく事だけ。
私はウェルカムドリンクを手に取って微笑んだ。

甘酸っぱい爽やかな味だった。
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