彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
副社長が選んでくれたワンピースに着替えて寝室を出ると山内支配人はもういなかった。

「副社長、お待たせしました」

副社長は私を上から下までさっと視線を走らせて「素敵だ」と満足気な顔をした。

「ありがとうございます。とても軽くて着やすいです」
素敵だと言われて嬉しいけど恥ずかしいからそこには触れなかった。

「さぁ、遅くなったけれど食事をしよう」
リビングの右手はテラス、左手はダイニングになっていてそこには既に料理が並んでいた。



食後にテラスに移動した。
ルームサービスでカクテルとワインを頼み、2人で天蓋の下のソファーで寛ぐ。
本当にお姫さま気分だ。
この頃にはもう私は自分の立場など忘れて、この時間を楽しんでしまおうと覚悟を決めていた。

一生に一度位、素敵な王子様と幸せな時間に浸ってもいいんじゃないか。

「もうすぐライトが消える時間だ。そうしたら星が良く見えるはずだよ」

副社長がそう言うと、その通りフッと外の照明が消えた。そして徐々にホテルの建物の照明も消えていく。
暗闇に目が慣れてくるとあちこちにキャンドル程度の小さな灯りが揺らめいている。このテラスも同様だ。

空を見上げると満天の星空が広がっていた。

「わぁ」

立ち上がりテラスの端で空を眺める。

自分の田舎でもこんな星空は見られない。
高校生の頃に行ったスキー研修の時だってもっと周囲が明るくてこんなに星は見えなかった。

「すごいですね、星が降ってきそう」

両手を広げて星を受け止めるような仕草をすると
「早希さんのそんな顔が見たかったんだ」
と副社長が微笑んだ。

「早希さんは星に詳しいの?」
「いいえ、全く。北斗七星とかオリオン座とかメジャーなものしかわかりません。ただただきれいだなって思います」
「ははっ、俺もだよ」
2人で微笑み合った。

副社長も立ち上がり、私の隣で星を眺め私の肩を抱き寄せた。私も副社長に寄りかかりその整った顔を見上げた。
ぱちっと目が合い自然に吸い寄せられるように唇が重なった。
次第にキスが深くなる。
私は副社長の背中に両腕を回してついていくのに必死だった。しがみつかないと膝から崩れてしまいそう。
甘くて蕩けそうになる。

一度唇が離れてもまた自然と重なる。まるで2人がキスをするのは当たり前のように。

「早希さん」
副社長は私を抱き上げ横抱きにすると私を熱い瞳で見つめた。
私が彼の胸に顔を埋めるように抱き付くと、私をそっと寝室に運んでいった。


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